大変です。
重大事件発生です。
昨日、生まれて初めて告白されました。
サッカー部の先輩で、木須先輩という人です。
生まれて初めての告白でした。
でも、ちゃんとお断りしました。
わたしにはちゃんと好きな人が居るんです。
木須先輩とはお付き合いなんて出来ないのです。
そう、ちゃんと…お断り…した、はずなんですが。
「うわ、木須まじで待ってるよ」
「もう部活引退して夏休みに学校来ることもないのにご苦労様だねー」
「っていうかほんとにちゃんと断ったの?」
わたしは光の速さで頷いた。
ちゃんと、断った。それは確か。
でも、今日朝校門の所に木須先輩が居て。
「俺、出来るだけ夏休みもサッカー部の練習参加するからさ。さんのこと、家まで送ることにしたから」
と、それだけ言ってわたしの前から居なくなってしまった。
そして、部活が終わった今。
先輩が部室の前に居ます。
前に柳先輩が部長にプリントを渡しに来たときに居た場所に、居ます。
どうしていいかわからなくて、とりあえず部室の中からこっそり様子を伺っています。
このまま木須先輩と一緒に帰るしかないのでしょうか。
困っています、とっても。
だって、わたしは木須先輩の事で頭を使っている余裕はないのです。
わたしは今日木須先輩のことよりも柳先輩に昨日飴を渡せたことをチア部の人に報告したかったのに…!
その話をする暇もなく木須先輩の事を聞かれまくって…。
なんというか、歯がゆい!
「、もう1回断ってくるしかないでしょう!」
「そうそう!なんならわたし柳先輩のことが好きなんですって言っちゃえば?」
「その方が木須も納得するんじゃない?」
「そ、そんな…!告白の予行演習みたいなこと、わたしには出来ません!」
「予行演習ってなんだよー…全然違うよ…」
だって、だって。
一緒に…帰りたくない。
最近柳先輩とも一緒に帰ってないのに。
「もうー、こんなときにうちの部長はどこ行ったんだー?木須追い返せるのなんてあの子くらいしか…」
「丸井に呼ばれてテニス部の方行ったっぽいけど」
「うーん…やっぱ今日だけ一緒に帰ってさ、これきりにしてくださいって言ってこい!ね!」
「そうだねー改めてちゃんと断りなよ。1回一緒に帰れば満足してくれるかもよ?」
「でも……」
「だってさー、多分あいつガチで帰らないよ?が出てくるまでずっと待ってるよ?あれ」
むーっと納得いかない顔を作って首を振ってみたけど…。
確かに、木須先輩帰らないかも。
だって、サッカー部の練習は午前で終わってたけど。
今はもう夕方。
チア部は1日練習だったから。
それでも待ってるんだ。
帰ってくれそうにない…かも。
仕方なく一度だけ頷いた。
今日だけ、今日だけ。
そう、ちゃんともう1回断るんだから。
自分に言い聞かせて、チア部の先輩達に目で合図をして、部室を出た。
もう夕方なのにまだ日差しが少し痛い。
「さん!」
木須先輩は、格好いいと思う。
柳先輩とは大分タイプが違うけど。
さわやかスポーツマンって感じで、少女漫画の男の人みたい。
でも、でも…わたしは、柳先輩が好きだから。
「あの、今日だけ…こういうの、今日だけでお願いします!わたし、好きな人が居るんです」
「……とりあえず、帰ろっか。ね?」
小さく、一度だけ頷いた。
一緒に帰るとか、そういうの本当はすごく苦手なのに。
柳先輩とだって、最初は嫌で…時間をずらして帰ってたことだってあったのに。
今は、この家までの帰り道はわたしのなかで特別で。
だから、本当の本当は今日も木須先輩と一緒に帰りたくない。
けど…これで本当に終わりにしてほしいから。
テニス部が遅くまで練習してるこの時期だから、なにもなかった事として終わりたいから。
きっと大丈夫。なんたって、今日だけ。そう、今日だけ。
柳先輩は最近部活が終わるのが遅くて、帰り重ならないし。
大丈夫…大丈夫…。
「…?え、!?」
校門をくぐる手前で後ろから名前を呼ばれた。
あれ?この声、部長?
そういえばさっき丸井先輩に呼ばれたとか言ってたけど…ん?丸井先輩?
丸井先輩ってテニス部の?
え、テニス部?
テニス部の丸井先輩に…呼ばれた?
部活中に?
いやいやいや、テニス部厳しいもん。
部活中に呼び出すなんてこと…でき、ない?
え、え、じゃあ…テニス部は、部活が、終わって、る?
全身の毛が逆立った感覚をわたしは初めて実感したかもしれない。
夏なのに、寒い…!
恐る恐る、振り返ってみた。
どんなに居ないで欲しいと願ったか。
今日は、帰りが重ならない日なんだ。
大丈夫なんだ。
大丈夫……。
「…」
「部長、と、や、なぎせんぱい…?」
全然大丈夫じゃない!
部長の隣に…柳先輩が居る。
制服を着てる柳先輩が居る!
部活が終わって、お帰りモードの柳先輩が…居る!
どうしよう、どうしよう!
これ、完璧これから一緒に帰るところだってバレてる?
あ、でもまだ校門出てないから校門のところまで一緒に帰るんだなぁとか思ってるかも。
でもでも、このまま数メートル歩いたら一緒に帰るってバレちゃう!
ハッ!もしかしたら木須先輩も帰りの方向がわたしと同じかもしれない!
うわあ木須先輩のお家がどの辺なのか全然知らない!どうしよう何も言えない!
部長…!どうしたら、わたしはどうしたらいいんですか…!
助けを求める意味でももう部長の方を見るしかなかった。
でも…。
「あ、えっと、えっとー。と…き、木須も今から帰り?柳ちょうどよかったじゃん!み、みんなで一緒に帰りなよー。うん!」
「ぶ、部長も一緒に…」
「い、いやーわたしちょっと先生に用事頼まれちゃっててねー?ま、まだ帰れないんだよね」
「そ、そそそそそんなこと…言わずに」
「と、いうことだから!いそがなきゃーせ、せんせいまってるー」
ぶ、部長が行っちゃった!!
どうしよう!行っちゃった!
木須先輩と、柳先輩と3人で帰るなんて…無理!絶対無理!
どうしよう、どうしよう…!
わたしもどこかに行っちゃいたい!って気持ちが強いのか、どんどん校舎の方にさがっていく自分が居る。
「あの、あの…えっと…」
校舎の方にさがりつつ、とりあえず隅っこの方に居たいのか花壇の方に体が勝手に動いていた。
わたしがどんどん花壇のほうへさがっていくと柳先輩の目がシュッと開いて、わたしの方に腕が伸びてきた。
目の前で柳先輩の目が開いたのを初めて見たのと、わたしの方に伸びてきた腕に驚いて反射的に避けてしまった。
避けて、また一歩さがったら頭の上から止めどなく水が降ってきた。
ザーザーとまるで夕立が降ってきたかのような感覚に、思わず立ち尽くしていることしか出来なかった。
「大丈夫かい?お嬢ちゃんー」
その声の主の方を見ると、片手にホースを持ってつなぎを着た用務員のおじいちゃんが立っていた。
花壇にお水をあげているところだったらしい。
いまだにわたしの上から降り注ぐホースの水。
ぽかーんとしてるとふいに柳先輩と木須先輩、両方と目が合った。
「あ、あの!だ、大丈夫です!あ、暑いのでむしろシャワーという感じで!はい!シャワーなのです!」
「そうかいー元気でいいねー」
「はい!元気です!」
なんだかその場のノリでとんでもないことを言っているような気もするけど、そんなことを考えてる余裕はなかった。
とりあえず用務員のおじいちゃんに笑顔を向ける。
ホースの水は浴びたまま。
わたしの方にホースを向けないということはしてくれないらしい。
でも、なんだか動くことも出来なくてそのまま立っていたら今度こそ腕を引かれた。
「、そのくらいにしておけ。風邪をひくぞ」
「柳先輩…」
わたしを引っ張って、ホースの水がかからないところまで連れ出すと鞄からタオルを出してわたしの方に差し出してくれた。
慌てて自分のタオルがあるからと鞄を開けたけど、ホースの水でぐっしょりと濡れた鞄の中は悲惨だった。
何も言わずに鞄の有様を眺めているとタオルが上から降ってきて、次にぽんぽんと撫でるように手が降ってきた。
このタオル、柳先輩のタオルだ。
なんだかいい匂いがする。
「あ、ありがとうございます」
なんか…恥ずかしいけど。
どうしようもなく、嬉しい。
柳先輩の手の感覚がまだ頭に残って、消えない。
きっと今わたしすごく嬉しくて、変な顔してる。
見えないように、貸してもらったタオルに隠れた。
「そっか、そっか…」
木須先輩の声がしてハッと現実に戻された。
すっかり柳先輩のことで頭がいっぱいになっていたけど、木須先輩も居るんだった。
なんだかもう3人で帰る流れになってしまっているからわたしがしっかりしないと。
柳先輩に誤解されないようにしなきゃいけないんだ。
もう誤解されてるような気がするけど。
なんて言ったらいいんだろう。
なにを話せば…。
「俺、チア部に用事あるの忘れてた」
「え?そうなんですか?それじゃあ部長の所に…」
「いいって、俺一人で行くから。もともと校門までっていう約束だったじゃん?」
「校門?」
あれ?家まで送るって言われてた気がするんだけど。
木須先輩を見るとパチッとウインクされた。
このウインクに一体なんの意味が…!
なんか、校門までっていうことになったみたいだし。
ウインクで合図されたからわたしもウインクで答えてみた。
頑張ってみたけど片目だけ瞑ることは出来なくてただのまばたきになっちゃった。
ぽんぽんと手が降ってきて、耳元で頑張れよって言われた。
え?って顔で木須先輩を見たら手を振りながら校舎の方に走って行ってしまった。
これは…もしかして、もしかしなくてもわざとどこかに行ったのかな?
わたしが柳先輩のこと好きだってバレた…?
わ、わたしそんなにわかりやすいのかな!?
柳先輩には、バレて…ないよね?
「どうした?帰るか?」
「あ、はい。って、あー…」
「なにか忘れ物でもしたのか?」
「いえっ」
そういえば、最近帰りが重ならなかったから特に意識してなかったけど…。
わたし、柳先輩と一緒に帰らない方がいいんだよね?
真田先輩とかこういう風に帰るの良く思ってないみたいだし。
今日帰ったらまた柳先輩が何か言われるかもしれない。
一緒に帰るの、よくないのかもしれない。
「早く帰って着替えないと本当に風邪をひくぞ?」
「じゃ、じゃあ走って帰ります!」
「何故そうなる…。俺と帰るのは嫌か?」
「違います!全然そんなことは…!」
難しい。なんて言ったらいいのかわからなくて。
きっとうまく伝えられないし。
「なんでもないんです。帰ります」
「ああ…」
なんだか、微妙な空気。
柳先輩のことを思ったら、こうやって帰ったりするのはよくないんだよね?
わかっててもせっかく一緒に帰れるのに帰らないなんて…出来なくて。
柳先輩がいいなら、いいのかなって思って。
でも、校門を出てすぐ曲がったとき、思わず体が強張った。
テニス部の部室の方から真田先輩が歩いてくるのが見えた。
きっと真田先輩もこれから帰りなんだと思う。
見られちゃったかもしれない。
また、柳先輩が怒られるかもしれない。
なにをしているんだろうわたしは。
柳先輩とは帰らないって決めたのに。
なのに、なんで普通に帰っちゃってるんだろう。
わたしは本当に自分の事ばっかりだ。
気遣いとか出来ないし。
ダメだ、このままじゃ。
「?どうかしたか?」
「…なんでも、ないです」
「……そうか」
わたし…
ちゃんとしなきゃ。
ちゃんと、ちゃんと…。
自分のことだけじゃなくて、柳先輩のことも考えられるように。
甘えてるのはわかってるけど、今日は、今日だけは。
ごめんなさい。