明日から夏休みだ。
今日は午前で学校が終わった為、4時ごろに部活が終わるところがほとんどだろう。
テニス部という例外もあるが。

「うおーもうみんな帰るのかよーいいなー俺も帰ってアイス食いてえー」
「丸井、体重管理は怠ってはならないぞ」
「わかってるってー」

30分の休憩中、なんとなく下校していく生徒を遠目でも追ってしまっている自分が居る。
チア部はおそらく4時で部活が終わるだろう。
もうどのくらい一緒に帰っていないのだろうか。
関東大会前に帰った以来だったか。
このまま夏休みに入ってしまっていいのかとも思うが、彼女は彼女で忙しい。
チア部も大会前なのだから。
だから、仕方がないのだと。
大会後はチア部とテニス部の部活が終わる時間が重なったことはなかった。
終わる時間が違うのだから帰りが一緒になることはない。
それでも、なんだか…違う。
帰りが一緒にならないと、校内で彼女に会うのは赤也への用事で2年の階に降りた時だけだが…。
なんとも説明できないが、このままではいけない気がした。
仕方がないと片付けてしまってはいけない気がした。確かに。
だが、具体的な解決策が浮かばない。

「ん?あれって…赤也の…」

隣に居た丸井がぽつりと呟いて、そちらを見てみると一瞬自分の胸が高鳴った。
ほんとうに、もうどうしようもないな。と自分に苦笑しつつ、そちらへ近づいた。

、どうかしたのか?」
「ひゃあっ!?や、柳先輩!」

こちらが近づいていたのがわからなかったのかひどく驚かれた。
まるで潜入調査を行っているスパイが見つかってしまったときのような反応だ。
彼女がここへ来るのは珍しい。
用事でもない限り彼女がここへ来ることはないだろう。
俺に用事だったら喜ばしいが、残念ながらその可能性は低そうだ。

「赤也に用事か?」
「はい。おべ………あ、いえ、なんでもないんです」
「ああ、赤也にあげた弁当を回収しに来たのか」
「え、あの…」

確かに赤也にしては可愛らしい弁当箱だと思っていたが、またから奪ってきたのか。
この前きちんと叱っておいた筈なのだが…。
仕方のない奴だ。

「どうやら正解のようだな。食事を抜くのは感心しないと前にも言ったはずだが…」
「た、食べました。大丈夫です」
「ほう、何を食べたんだ?」
「飴を食べました!」
「それは食べたうちには入らないと思うのだが…」

飴を食べたと自慢気な彼女に思わず顔が緩んでしまう。
不思議なものだ。
本当に。

「赤也を呼んできてやりたいところだが、生憎と今弦一郎の説教中だ。俺が代わりに取ってこよう」
「すみません、ありがとうございます」

ここで待っているようにと伝えて部室へと向かった。
彼女は覚えているのだろうか?
ちょうど2年前の今の時期。
入学前に、俺と会ったことがあるということを。
あの頃からはやっぱりだった。
思わず顔が緩んでしまうような、柔らかい雰囲気だった。
俺が呆けてぶつかって転ばせてしまったのに、キラキラした目で俺を見てきたのを今でもはっきり覚えている。

「立海テニス部のジャージのお兄さん!大会頑張ってください!」

そういって飴をくれた。
「おいしいですよ」と笑ったに、力が抜けた。
大会前の緊張が彼女によって緩んだ気がした。
まさかその次の年にチア部としてテニス部の応援に来ているを見かけた時はさすがに驚いたが。

今までの帰り道で何も聞かれなかったあたり忘れられている可能性が高い。
あるいはそのぶつかったテニス部の人が俺だということに気づいていない可能性もある。
聞いてみようと思ったことは何度かあるが忘れられていたら…と思うとなかなか聞けなかった。
俺にとってはとても大切な思い出だからなのだろう。

「取ってきたが、これでよかっただろうか?」
「はい。ありがとうございます」
「明日からはきちんと食事を取るんだぞ」

赤也の鞄を勝手にあさってそれらしいものを持ってきたが、大丈夫だったようだ。
食事を取るようにと注意すると、返事はしなかったがふんわりと笑った。
これはわかったという事なのだろうか。
微妙なところだ。

「もう帰るのか?」
「はい」

気を付けて帰るように言うと頷いて、思い出したように鞄を探り始めた。
鞄の中から出てきた右手になにか握られていて、そのままこちらへ差し出されたので手を出した。
手のひらにおちてきたのははちみつレモン味の飴がいくつか。

「よかったら練習の後にでも食べてください!おいしいですよ」
「ああ、ありがとう」

やはり、覚えていないのだろうか?
それでもいま手の上に乗っているのは2年前と同じはちみつレモンの飴。
嬉しいものは嬉しい。
少し前までは話すことすら出来なかったのだから。
と居ることの楽しさを知らなかった頃に戻れなくなりそうで。
もう戻れなくなっているかもしれないが。

「それじゃあ、部活頑張ってください!お弁当箱ありがとうございました!」

ぺこりとお辞儀をして少し小走りで帰ってしまった。
もうすぐ休憩も終わる。
丸井の所へ戻るととすれ違いで仁王が戻ってきた。

、きてたんか」
「ああ、赤也に渡した弁当箱を取りに来た」
「そののことで面白いネタ拾ったナリ」
「なになに?」

仁王がの事を口にするのは珍しい。
目の前でニヤニヤとよくない笑みを浮かべている所からあまりいいネタではなさそうだ。
気にはなるが。

「3-Eにサッカー部の木須って居るじゃろ。あいつ、これからに告るらしい」
「え!まじかよ!木須ってサッカー部のエースじゃん!これから?見に行きてーけど休憩終わるー!」
「部活引退した夏休みを彼女と過ごすって魂胆なんかの」
「明日から夏休みだもんなー」
「参謀、木須はどんくらいの確率でOKされるか割り出せたりせん?」
「それ俺も気になる!柳何回かと帰ったことあるんだろぃ?」

どうして、さっきまで目の前に居たというのに。
目の前で笑っていたのに。

「おい、練習再開するってよ」
「おー今いくー」
「参謀にもそんな即座に割り出せんか」

無理だ。
やはり。
どうしても。
を知らない俺には戻れない。

じゃなきゃダメだ。

(参謀の様子がおかしい…、恐るべし)

きみを覚えてしまった

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