立海大附属が、関東大会決勝戦で負けた。
登校したらその話題でいっぱいだった。
つい、昨日の事で。
昨日は負けるなんてそんなこと全然頭になくて。
きっと、みんなそうで。
実際に対戦してたテニス部の人もきっと、そうで。

それなのに、昨日も変わらず「応援ありがとう」と言ってくれた柳先輩が。
「せっかく応援してくれたのに、勝てなくてすまない」
って、言うから。思わず、泣きそうになった。
気の利いた言葉も出てこなくて、挙動不審に首を振る事しか出来なかった。

柳先輩は頑張ってました。わたしはそう思います。なんてとてもじゃないけど言えない。
わたしはテニスと向き合う柳先輩を知らないから。
ファンの人たちみたいにいつも柳先輩を気にかけてきたわけじゃないから。
本当に最近話すようになって、ついこの前好きになって。
そんなこと言えるような程、わたしは柳先輩を知らない。
知らない。

朝練が終わって、教室で友達に貸してもらった英語の課題をうつしていたら名前を呼ばれた。
赤也くんだ。
大体大会が終わると次の日の朝か帰り頃にわたしに声を掛けるのが彼の日課になっているんだと思う。
県大会のときはなかなかすれ違いだったのか、話を聞くのが遅れたけど。
今日はやっぱり校内でテニス部が負けた話題でいっぱいだから、居てもたっても居られなかったのかなって思った。
「よお」なんて少し気まずそうにわたしの前の席の椅子に当たり前のように座った。
「青学の人、強かったね」って、それだけ言うとなんだか納得のいかない表情の赤也くん。
やっぱり、わたしはこういうときうまい言葉をかけてあげられない。
赤也くんの顔を覗き込むと突然ハッとなって肩をガッシリと掴まれた。

「そういえばお前俺の試合見てた!?」

そう言われてサーッと血の気が引いて行くのがわかった。
赤也くんのプレイスタイルは正直苦手。
昔同じテニススクールに通っていたとき、赤也くんから受けたラフプレーのせいで見てるだけで正直怖い。
赤也くんは、何故だか全然覚えてないみたいだけど。
それもあるし、その前の試合で柳先輩が負けてしまったことでわたしは頭がいっぱいで…。
今度会ったらなんて声をかけたらいいんだろうとか、そんなことばかり考えていた。
なんかすごかったのは覚えてるけど説明できるほどちゃんと覚えていない。

「なんか後の方よく覚えてないんだよなー。先輩たちに聞いても教えてくれねーの!お前が頼りなんだよ!」
「ナックルサーブが決まってた!」
「そこは俺も覚えてんだよ!もっと後!」
「負けた!」
「人の傷口えぐるな!」
「なんかね、とにかく…なんかすごかったの」

そういうと赤也くんの目がキラキラして途端に表情が明るくなった。
すごい勢いでわたしの方に体を乗り出してきた。

「すごかったって!?なになに?俺、格好良かった?」
「そ、そう!か、かっこうよかった!うまく、説明できないんだけど…」
「そっかー俺格好良かったのかー。うんうん」

赤也くんって、結構単純。
褒められると他の事頭からぬけちゃうみたい。

「でも、さっきの負けた発言はチャラにしてやんねー!許してやる代わりにお前の今日の弁当くれ!」
「え!お弁当?いいけど、忘れたの?」
「んなわけねーじゃん!俺負けたから今日から絶対練習キツくなるし…いっぱい食ってスタミナつける!」

ただでさえ全体の練習量増えるっていうのによー。って頭を抱えてる赤也くん。
柳先輩もなのかな…って咄嗟に思ったけど、聞けるわけもなかった。
赤也くんに柳先輩のこと聞いたことないし、聞いてもなんでお前が柳先輩のこと聞くの?って言われそうだし。
でも、気になる…気になる…!
って思ってたら赤也くんがそういえばって思い出したように顔を歪めた。

「柳先輩も副部長に女なんかと一緒に帰ってたるんどる!って言われててさーほんと厳しいよなあの人。…自分も負けたのに」
「え…?」
「っていうかそれのことじゃね?お前も災難だなー帰りが一緒になって帰ってるだけなのに副部長に目つけられて」

ドクン、ドクンって心臓がはねあがった。
柳先輩の前でなるのとは違って、なんだか急に肩が重くなって、体がだるくなる。
気付いたら目が泳いでて、自分がこんなにも動揺しているのがわかった。
わたしは柳先輩にとっての余計な存在だった?
柳先輩はそう思って居ないかもしれないけど、周りの人にはそう見えるのかな?
テニス部で1年生の頃からずっと一緒に柳先輩と頑張ってきた真田先輩にはわたしが柳先輩にとって余計な存在だって、そう見えたんだよね?
柳先輩がわたしに構ってくれるから、それが嬉しくて…。
でも、3年生にとってこの時期の大会は中学最後の大会で。
わたしは3年生じゃないからわからないけど、チア部の先輩達だっていまちょっとピリピリしてるくらいにはみんな頑張ってて。
それなのにわたしは柳先輩と一緒に帰るだとか、そんなことしか考えて無くて。
自分の事しか考えて無かったんだ。

柳先輩は真田先輩にそう言われたときなんて答えたんだろう?
どんな顔してたんだろう?
わたしのこと、どう思ってるんだろう。

好きって、わからない。
好きな人の為になにかしてあげたいとか、そういう気持ちよりもやっぱり自分の欲の方が勝ってしまう。
わたしにとって、あの家までの帰り道が柳先輩との唯一の接点で。
それがなくなってしまったら。なんて考えたくもない。
でも…でも……。
一緒に居ることを否定されたのがすごくショックで。
少しでも、柳先輩の隣に居ても釣り合うような子になりたくて。
だから、やっぱりわたしは。

?」

赤也くんに声をかけられてハッとなった。

「ふ、副部長に目つけられたって言ってもお前部活違うし、女だし。多分大丈夫だって!鉄拳はないって!」
「う、うん」

それから赤也くんが副部長の鉄拳はどうだとかこうだとかいっぱい話し始めた。
赤也くんからいつも話を聞いてるけど、真田先輩はやっぱり厳しくて、怖いなって思う。
ほんとうに鉄拳を食らうことになったらどうしよう…。

「赤也」

わたしの席のすぐ後ろの教室の出入り口の所で声がした。
その声に赤也くんはパッと入口の方に顔を向けて驚いたように「うお!」なんて声をあげた。
嬉しいはずなのに、いまは凄く切ない。

「柳先輩!どうしたんスか?」
「どうしたではないだろう。大会の反省文のプリントを貰って行くようにと指示されていた筈だぞ赤也」
「わ、忘れてたっス…」
「赤也のクラスに行っても居なかったから戻ろうとしたが、のところだったのか」

後ろを振り返れなくて、わたしを挟んで繰り広げられる会話を聞くだけ。
柳先輩が赤也くんにプリントを渡そうと近づいてきて、わたしの席の隣まで来た。

柳先輩のことが好きだ。
でも、柳先輩のことしか考えて無くてわがままになる自分が嫌いになりそうだ。
先輩と不釣り合いな自分が嫌いになりそうだ。

?どうした?顔色がよくないな。具合でも悪いのか?」

柳先輩の周りの人からもきちんと、認めてもらえるような人になりたいから。
だから、やっぱり。

わたしは、柳先輩との唯一の接点をなくさなきゃいけない。
それを理由に遠ざけられたくない。
遠ざけられるくらいなら、わたしは自分で遠ざかる。

「なんでも…ありません」
「…そうか」

好きって気持ちは厄介だ。
自分の気持ちを抑えるのは思った以上に難しくて。
こんなにも、苦しい。

好き、だけじゃ、

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