「!なあ、それもう食わない?貰っていいか?」
「いいよ」と返すと赤也くんがわたしのお弁当箱をそのまま持っていく。
今年もこの季節がやってきた。
食欲がなくなるこの季節が。
「またあげちゃったの?ほとんど食べて無かったじゃん」
「切原もさ、ちょっとは遠慮しろって感じだよね」
この季節になると赤也くんがお昼休みにわたしのクラスまでやってくる。
お目当ては、わたしのお弁当。
どうも暑さに弱くて夏はあまり食欲がないわたし。
去年たまたま赤也くんがそれを見て「残すなら俺が食う!」って言ったのが始まりだった。
夏になると毎日来る。
昼休みになるとすぐにわたしの所に来るときもある。
その時はまだ手を付けていないのをそのままあげてしまう時もある。
「でも、残すの勿体ないし…」
「っていうかは自分で作ってるんだから量減らせば?」
「お母さんがすごく心配するし、なんかもうお弁当あげるの習慣になっちゃってるし」
「確かに」
「購買でゼリー買う?」って聞かれたけどそれもちょっと面倒だったから首を振った。
友達は「倒れないでよ?」っておでこをつんとつついて自分のお弁当を片付け始めた。
わたしは思わず机に突っ伏して「んんー…」なんて言いながらそのまま止まった。
「最近一度も一緒に帰れてないんだっけ?」
「うんー…」
「昨日は赤也とは帰り重なったんだっけ?」
「うんー…明日のお弁当のおかずはハンバーグがいいって言われた」
「なにあいつー超図々しいな」
「豆腐ハンバーグにした」
「で、自分は食べなかったのね」
「んー…」
ちょっと起き上がったらみんな呆れたように笑ってた。
ご飯あんまり食べなかったけど、どうしようかな。
豆乳でも買ってこようかな。
さっき、購買行かないって言ったけど。
「豆乳買ってこようかな」
「自販?」
「うん。購買あんまり行きたくない…」
「って学食とか購買行きたがらないよね」
「うーん」
鞄からお財布を探しながら生返事しかしないわたし。
でも友達はきっと気にしてない。
わたしの隣の席に座って普通に話しかけてくる。
「でもさ、学食とか購買ってある意味チャンスじゃん」
「チャンス?」
「だってさ、校内で唯一先輩に自然に会える場所だよ?」
「た、たしかに…」
「もしかしたら、居るかもしれないじゃん!みっきー」
「でも居たとしてもわたしが話しかけるの不自然だもん」
「みっきーが話しかけてくれるかもしれないじゃん」
「話しかけてくれないかもしれないじゃん」
「目が合っただけでも十分嬉しいものでしょ?」
「……うん」
自動販売機に行こうと思っていたけど、心が揺らぐ。
ちなみに「みっきー」っていうのは柳先輩のこと。
柳先輩は校内で人気者で誰もが知ってる有名人だからチア部の2年生の中で勝手にあだ名をつけてみた。
ばれないように柳先輩とは全く関係がないものにした。
というか、誰かがノリで言っただけだった気がするけど。
「でもね、みっきーは購買とかあんまり行かない気がする…」
「あー、それはわかる」
「で?結局どうするの?自販機?」って聞かれてうーん…って唸っていた。
悩みながら友達をじーっと見つめているちょっと変な光景。
そんなときに、後ろから声をかけられた。
「」
廊下の方から声を掛けられた。
わたしの席は今ちょうど廊下側の一番後ろ。
だから廊下から教室を覗いたらすぐわたしの席がある。
わたしの方を向いていた友達は廊下に居る人を見るなり動きが止まった。
そうなるのもわかる。
だって、この声はさっき話してた「みっきー」だから。
「柳、先輩?」
振り返るとやっぱり、柳先輩が居た。
どうしてここに柳先輩が居るんだろうとか頭の中がぐるぐるしてる。
でも、それよりも柳先輩が「」って言った。
この前はわたしをびっくりさせる為に言っただけだと思ってた。
どうしよう、すごく嬉しい。
「赤也がお前の弁当を貰って行ってるようだな、すまない」
「え?あ、でも…」
「夏バテだからといって、食事を抜くのは感心しないな」
「す、すいません」
怒られた…。
イメージダウンだきっと。
最近一緒に帰れないのに悪い印象与えちゃったかな。
恐る恐る柳先輩を見上げたらスッとわたしの前に先輩の手が出てきた。
「クラッシュゼリーなら食べられるか?」
「え?」
「豆乳も買ってきたが、飲めるな?」
「は、はい。あの、でも…」
ぽんぽんとゼリーと豆乳を手渡されて思わず受け取ってしまった。
柳先輩が買ってきてくれたんだよね?
先輩は全然関係ないのに。
「赤也にはきちんと言っておいた。今までの詫びだと思って受け取ってくれ」
わたしはやっぱり柳先輩に弱いみたいだ。
素直に頷くことしか出来なかった。
わたしが頷いたら柳先輩は「それでは邪魔をしたな」ってフッと笑った。
先輩が行っちゃう前に御礼いわなきゃ!って思ってあたふたしてると思い出したようにまたこっちを向いた。
「今日はテニス部がいつも通りの時間に終わる確率89%だ」
思わず、止まってしまった。
嬉しくて、仕方がなくて。
「時間が合うといいな」
思わず飛び跳ねそうになる。
「はい!」って言うと優しく笑ってくれた先輩がすごく格好良くて…。
どうしようかと思った。
(あ、ゼリーの御礼忘れてた…)