「シュシュ貰ったんならちゃんとシュシュで返さなきゃ!常識常識!」

テニス部の県大会の応援に行った帰りのバスで先輩にそう言われた。
だからその日の帰りにシュシュを買いに行った。
柳先輩はシュシュなんてつけるのかな?とか思ったけど、正直他になにをあげたらいいかわからなかった。
もしかしたら、家では前髪をあげているかもしれないし。
前髪をまとめるのに使うかも…しれないし。
こういうときは、気持ちが大切なんだと思う。うん。
っていう感じにシュシュを貰ったお返しにシュシュを用意してみた。
ちゃんと黒いのを選んだし、柳先輩っぽく和風の柄にした。
あとは、渡すだけ。
渡すだけなんだけど、昨日は渡せなかった。
一緒には帰ったんだけど、やっぱり柳先輩の前だと緊張する。
どうやって渡していいかわからなくて昨日はダメだった。
でも、今日こそ!
今日こそちゃんと渡そう。

そんな意気込みで、今日も帰りが一緒になることを願って部室を出た。

校門の手前で声を掛けられた。
この声は、柳先輩。
良かった、今日もちょうど帰りが重なったみたい。
数日前はそれが嫌で避けていたのに、用事があるとこうも考えかたが変わるんだと思ったら少しおかしかった。

「柳先輩!部活お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様」

もう何度も一緒に帰っているから、柳先輩は当たり前のようにわたしの隣に並んで歩く。
わたしはやっぱりちょっとまだ慣れないけど。
ちょうど校門を出ると後ろの方から名前を呼ばれた気がして思わず振り返った。
ー!」とわたしを呼びながら赤也くんが走ってきた。
足を止めて赤也くんを待っていると柳先輩が少し呆れたように溜息をついていた。

「お前に、県大会のこと話そうと思って…って!柳先輩!柳先輩も今帰りっスか!?」
「ああ」
、良かったな!柳先輩の話も聞けるぜ!」
「え?あ、うん」

赤也くんは練習試合で強い人と戦ったり、大会が終わった後は大体こうしてわたしに報告してくれる。
あの選手がどうだったとか、自分はどうだったとか、テニスのことを。
それはわたしが赤也くんと同じテニススクールに通っていたからだけど。
わたしが話を聞きたいって言ったことはないんだけど、赤也くんはいつの間にかそういう風に解釈しちゃったみたい。
要するに赤也くんが話したいだけなんだけど、時々こうして話を聞いている。
どうしても話したいときはわたしの教室までやってきて話すときもある。
きっと、テニスをしてるテニス部じゃない人に話したいんだと思う。

「赤也くん、この前すごく早く試合終わったもんね」
「そう!それ!それをに言おうと思ってさー」
「…赤也、先程弦一郎が探していたが県大会の反省はきちんと渡してきたのか?」
「げっ!やべえ忘れてた!わ、わ、俺、ちょっと戻るっス!」

赤也くんが話始めたら、柳先輩の一言で赤也くんはあっという間に居なくなってしまった。
走りながら「すぐ戻ってくるから待っててください!」って、言っていた。
そんなに話したいんだ。
って、少し笑ってしまった。
赤也くんの言う通り、校門の前でそのまま待っていようとしたら柳先輩はスタスタと歩き出した。

「行くぞ」

そういって。
あれ?待たないの?
さすがにちょっとかわいそうじゃ…ないかな。

「待ってやる必要はないな。弦一郎に説教を食らう確率87%だ。待っていたら1時間は帰れない」

柳先輩のデータ。
これがすごい確率であたるというかもうほぼ100%あたるってチア部の先輩たちが言っていた。
データマンらしい、先輩は。
一緒に帰っていてよく何%だとかそういうことを言っていたのは印象的だったけど、そういうことだった。

「お前が赤也を待っているというのなら、付き合うが」
「え?あ、えっと…そんな」

1時間も待つのはちょっと…って思っているけど、帰っていいのかな?って思っていたりもする。
正直、早く帰りたいし。
でも柳先輩と1時間待つのなら……待っててもいい、かな。
と思ったのも一瞬で、1時間柳先輩とお話出来る自信は全くなかった。

「後のことが心配なら、俺が赤也に言っておこう」

柳先輩はやっぱり優しい。
なんていうか、時々すごく優しい表情になる。
声とかもすごく柔らかくて優しくなる。
いつもはすごく緊張するけど、こういう柳先輩にはすごく安心してしまう。
話しやすくなる、ちょっとだけ。

「ありがとうございます」

わたしがそういうと、先輩はフッと笑って歩き始めた。
ああ、歩き始めると途端になにか話さなきゃって思って、何を話したらいいのかわからない。
柳先輩とわたしの共通の話題は少ない。
わたしは柳先輩のことよく知らないし、柳先輩も同じだと思う。
昔テニススクールに通っていたから、テニスのことを話すことが多い。
でも、それは正直もう話すことがない。
だって、柳先輩と帰るようになってから2週間くらい経つけど、毎日テニスの話ばかりだったから。
何か話題、話題……。
そうは思っても、正直こうやって人に話題を振るのは苦手。
気の利いた話題なんて、咄嗟に思いつけなかった。

「お前は…赤也と、仲がいいな」

そ、そっか。
赤也くんとかチア部の先輩とか、柳先輩も知ってる人の話題があった。
ほっと、息をついた。
これで今日の話題は大丈夫そう。

「名前で呼び合っているだろう?」
「名前?でも、結構みんな呼んでますよね、赤也って。先輩も。」
「まあ、そうだが…お前は違うだろう?」
「わたしも友達や先輩からはほとんど名前で呼ばれているので」

だから、名前で呼んでるから仲良しとかそういうのは考えたことないです。
そう言ったら、先輩は少し意外そうな顔をした。
でも、確かに柳先輩はわたしと違って苗字で呼ばれることのほうが多いのかもしれない。
わたしの知ってる人で先輩のことを名前で呼んでる人は居ないと思う。

「テニス部では赤也以外みんなお前の事は苗字で呼ぶから少し意外だな」
「テ、テニス部…テニス部に知り合いは赤也くんしかいないので、名前で呼ぶ人が居た方がびっくりです…」
「そうか」

そもそもテニス部でわたしの苗字が呼ばれることがあることにわたしは驚いたというか少し怖かった。
どんな話をされてるんだろう…。
もしかしてチア部で「テニス部で一番格好いい人ランキング」とかやってるからテニス部でも……?
わたし、何位くらいなんだろう…想像するだけで怖い。

「あ。」
「どうした?」

忘れていた。
今日はお返しのシュシュを渡そうと思って意気込んで来たのにすっかり忘れていた。
急に思い出したからか、間抜けにあ。なんて言ってしまった。
先輩が不思議そうにこっちを見ている。
今しかない、今渡さないと……。

「あの…これ」

シュシュの入った小さな袋を先輩の前に差し出したらなんだか急に恥ずかしくなってきた。
恐る恐る先輩の様子を伺ってみたけど、正直全然わからなかった。
目を瞑っているからか、いつも落ち着いているからか、リアクションが無いように感じて、少し怖かった。

「せ、先輩がシュシュをくれたので、その…お返しです」

ああ、迷惑だったかもしれない。
こういうの、困るのかもしれない。
だって、柳先輩の表情とか、そういうのが、全然さっきと変わらなくて。
先輩の前に差し出した袋をすーっと静かに自分のほうに戻してしまった。
沈黙。
沈黙。
沈黙。
ど、ど、どうしよう。
お返しですって言ってから、わたしは何をしているんだろう。

「くれないのか?」

この沈黙を破ったこの言葉に思わずじっと先輩を見てしまった。
少しだけ首を傾げた先輩に、あれ?って少し戸惑った。

「せ、先輩が…あんまり、欲しそうじゃなかったので…」

こういうの貰っても困るかなって……。
最後までちゃんと言わないうちに先輩が静かにふきだした。
え?って心の中で言いながら、先輩を見ると声もなく笑っていた。
正直、なんで笑われているのかよくわからなかったから、先輩が喋ってくれるのを待った。

「すまない、まさかお返しが来るとは思っていなかったのでな。少々驚いていただけだ」
「お、驚く…?」

あのリアクションが無い感じは驚いてたんだ…。
先輩って、なんかよくわからない。
って、思ってらわたしの手にあった袋がすっと無くなった。

「あ、あの、シュシュを貰ったから、シュシュを……」

「シュシュ?」とまた少し笑った。
わたしが頷くと先輩が今度は優しく笑った。

「ありがとう、

ドクンって音がした。
自分でも驚くくらいにはっきり、聞こえた。
好き。
きっと、好き。
この人が、好きだ。
だって、特別だから。
先輩に呼ばれた自分の名前が特別に感じたから。
だから、きっと先輩は特別。
わたしの中での特別。
好き……。

「赤也以外のテニス部員に名前を呼ばれるのは、びっくり、か?」

少し楽しそうにそう言った先輩に、わたしはまた頷いた。
「そうか」って短い返事が返ってきただけだった。

(ところで、何故シュシュなんだ?)
(チア部の先輩が、シュシュを貰ったならシュシュで返すのが常識だって言ってました!)
(…そうか)

訪れた春につつまれて

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