「あれ?ーいいの?帰らなくて。柳先輩は?」
「そ、そんなんじゃ…」
「なになに?喧嘩でもしたのー?」
あの雨の日以来、正確には雨の日の前の日以来だけど。
不思議なくらい柳先輩と帰りが一緒になった。
帰る方向が一緒だから必然的に一緒に帰っていた。
今まで1年間帰り道で柳先輩を見かけたことなんてあったっけ…?
とか思うほど帰りの時間が重なる事なんてなかったのに、最近ずっとだ。
もう1週間は一緒に帰ってる気がする。
最近は同じ方向の友達でさえ柳先輩が居るからと、一緒に帰ってくれない。
ちょっと、寂しい。
もちろん柳先輩とは付き合ってる訳ではない。
でも1週間も一緒に帰っていると周りの人は付き合っているのかと煩いくらいに聞いてくる。
付き合ってないと言うと、「じゃあなんで一緒に帰っているの?」と必ず言われる。
たまたま帰りが重なって…。と言っても「1週間も帰りが重なるなんてあり得ない!」と返される。
正直、疲れてしまった。
柳先輩のファンから冷ややかな目で見られるのも、周りの人の面白そうな視線にも。
帰りが重なっているだけなんだから帰る時間をずらせばいいと、ここ数日部室に少し残っている。
下校時間があるからそんなに長くは居られないけど。
10分くらいいつもより遅く出て帰るだけで柳先輩には1度も会わなかった。
ちょっと寂しいけど一人で帰るのも少し慣れてきた。
「、最近残ってるね。柳先輩嫌?」
「い、いやじゃないけど。でも、周りの反応が嫌…」
「あー、まあ、それは仕方ないよ。柳先輩有名人だもん」
「付き合ってるとか言われるの嫌だし」
「まあ、には大阪に王子様が居るしねー!」
「それはちょっと違うけどね…」
友達の言っている大阪の王子様というのは、去年のテニスの全国大会であった人。
名前も知らないけど、会場で迷子になってるところを助けて貰った。
去年の立海の決勝での対戦相手校で、四天宝寺中の人だった。
見た目は両耳にピアスをいっぱいつけててちょっと怖かったけどすごく優しい人だった。
チア部の人にはの王子様って言われてるけど、別にそういうのではない。
ただ、御礼もまともに言えなかったからまた会いたいっていうだけで。
「よし、わたしそろそろ帰ろうかな」
10分経ったところで鞄を持つ。
友達に手を降って、先輩に挨拶しながら部室を出た。
「か、ちょうどいい所に来た」
部室を出たら少し離れた所に柳先輩が居た。
なんで。なんでチア部の部室前に柳先輩が居るんだろう。
「チア部の部長にこれを渡してほしい。明後日の県大会決勝の応援予定だ」
「あ、部長にですか?なら、今渡してきますね」
「そうして貰えると助かる。女子の部室には入りずらいのでな」
あ、それでこんなところに…。
柳先輩がチア部の部室に入ろうかどうか迷っているところを想像しただけでなんだか可愛らしかった。
また部室に入って部長に柳さんから貰った予定表を渡してまた外に出た。
「渡してきました」
「ああ、助かった。ありがとう」
どうしよう、柳先輩これから帰りだったらまた一緒にって事になるかも。
また部室に戻ろうかな…。
そう思って柳先輩にぺこりと頭を下げてまた部室に戻ろうとした。
「、まだ帰らないのか?」
「あ、ちょっと忘れ物が……」
「なら待っている。もう暗くなってきたから送って行こう」
「え……いや、あの……えと、は、い。ありがとうございます」
どうして断れないのわたし。
雨の日といい、今日といい、柳先輩に言われるとなんか、断れない。
とりあえず忘れ物なんて無かったけどそう言ってしまったからわたしは部室に戻った。
「あれー??帰ったんじゃないのー?」
「もしかして、柳と帰るの!?」
部室に入るとまたまた戻ってきたわたしを不思議に思って声を掛けてくる先輩。
柳先輩と帰るのかと面白そうに聞いてくる先輩。
それを見て楽しそうにわたしの反応を伺ってる友達。
そんな中わたしは無言でこくこくと頷いた。
同時に部室に歓声が響いた。
「ほら、!ワックス!ワックス付けるからおいで!」
「い、いいですよーそんなんじゃなくて」
「ほら!制汗剤もっと!」
「わわ、ちょっと!冷たいです先輩!」
「も自分でリップ塗って!」
「は、はい!」
言われたとおりにリップを塗っている自分に気づいて呆れるしかなかった。
だから、なにをしているのわたしは!
とか思うけど、もう遅かった。
先輩たちが髪をセットしてくれている。
わたしは大人しく座ってるだけ。
「よし!いい感じ!行ってこい!」
「手繋いじゃえ!」
「ちょ、先輩たち声が大きいですっ」
先輩たちのテンションが高い。
自然と声も大きくなっていて、わたしは冷や汗がでてくる。
すぐそこで待ってるんだから聞こえたんじゃ…。
なんだかドキドキする、違う意味で。
先輩たちに送り出されて部室を出ると、柳先輩がにこりと笑いかけてくれた。
やっぱり、柳先輩といると緊張する。
わたしは軽く頭を下げて柳さんの方へ歩いた。
「すいません。待っててもらって…」
「いや、気にしていない」
それより……と続いたのでパッと柳さんを見上げた。
少しだけ首を傾げてみるとわたしはそのまま固まった。
「手でも繋ぐか?」
聞かれてた…!やっぱり聞かれてた…!
顔が一瞬にして熱くなったのがわかった。
顔だけじゃなくてお腹とか、手とか、足とか、全部。
「冗談だ。チア部は仲がいいな」
じょ、冗談って…。
柳先輩がそんな冗談を言う人だったなんて。
もう、冗談でこんなに反応しちゃった自分が恥ずかしい。
顔の熱が下がらない。
うまく返事が出来なくてわたしはただ、柳先輩を見上げることしか出来なかった。
「なんだ?やっぱり繋ぐか?」
こんなの、知らない。
こんなに熱いのも、恥ずかしいのも、緊張するのも。
一度に押し寄せてくるこの感覚を、知らない。
季節外れの春の予感
(つ、繋ぎません!絶対!)