04.
「もうユーリはともかくラピードまで迷惑かけちゃって、ほんと悪かったねえ」
宿屋の椅子に座って女将から傷の手当てをしてもらっているがとんでもないですと首を振っている。
その様子ををの向かい側に座っているユーリは少し面白くなさそうな顔で見ていた。
「嫁入り前の貴族様がこんな怪我しちゃって、相手の方に怒られたりしないのかい?」
「あ、あの……そもそもお相手の方がおりませんので」
「そうなのかい!年頃だし、もうとっくに相手が決まってるのかと思ってたよ」
「いえいえ!そんな……お世話になっている方たち以外で初めてお知り合いになった男性がユーリさんですし」
「ユーリが初めて知り合った男なんて勿体ない!せめてフレンだったらちゃんに喜んでお勧めできたんだけどねぇ」
「恋人の1人や2人居ないなんて勿体ない」と嘆きつつユーリの方を見てニヤリと笑みを浮かべた女将にユーリはそんなの知るかと言わんばかりに顔を逸らした。
しかしが「フレン?」と首を傾げている事にユーリが首を傾げそうになった。
ついさっきフレンと会っていて、直接的にではないがの事を聞いてみたらフレンはの事を知っている様子だった。
いちいち騎士の名前なんて気にしないのか?とも思ったが、気になってしまった手前聞かずにはいられなかった。
「フレンっていう金髪の騎士が居るんだけど、会ったことないのか?フレンはの事知ってるみたいだったけど」
「そんな筈は……」
すぐに否定しただったが、ハッと何かに気づいたと思えば困ったような表情を浮かべた。
「えと、人違いかと……」
「どう見ても人違いって顔じゃねーだろ」
「ほ、本当です!フレンという騎士はお世話になっている騎士にはおりません」
それ以上言うつもりがないのか詳しくは話そうとしないにユーリが何か言おうとしたが、ユーリを遮って女将が不思議そうに尋ねた。
「お世話になってる騎士ってなんだい?」
「ああ、こいつの屋敷の護衛とか食事の用意を騎士団がやってるんだよ」
「騎士団を雇う!?そんなことが出来る所のお嬢様だったのかいちゃんは」
「そうだよ。ってわけでが屋敷を抜け出してるのが万が一騎士団にバレると面倒だからそこんとこよろしくな」
「あらユーリ、そんなにフレンを紹介したくないのかい?」
「はあ?あのクソ仕事真面目野郎が融通をきかせて配慮してくれるわけねーだろ」
「確かにフレンは真面目だけど、そんな言い方しなくたっていいだろう。まあわかったよ、内緒にしておけばいいんだね」
女将は了承したように頷いたが、その後含み笑いを向けたのをユーリが気が付かないわけもなく思わず眉間に皺を寄せた。
そんなユーリを見て女将は面白そうに笑みを浮かべたが、ふと何かを思い出したのか心配したような表情を見せた。
「そういえば、そろそろ騎士団の連中が税の徴収に来る頃だと思うんだけどここに居て大丈夫かい?」
「げ、もうそんな時期か。どうすっかな」
ユーリがそう言いながらの方を見るので、は咄嗟に立ち上がった。
少し寂しそうな顔が隠しきれていないが、ユーリに微笑んだ。
「それでは、今日はお暇させていただきます」
ちょっと待てとユーリが声をかけようとしたが、はユーリの反応を待たずに女将の方を向いてしまった。
「女将さん、手当してくださってありがとうございました。この前の事も含めていつか必ずお礼をさせていただきます」
「そんな暫く会えないような言い方じゃ寂しいよ、せっかく知り合えたのに」
女将の言葉にの瞳が一瞬潤んだ。
何て答えたらいいのか分からず言葉を探しているの目の前にユーリがズカズカと歩いてきての正面で足を止めた。
は驚いて「ユーリさん?」と声をかけたが、ユーリは返事をするわけでもなくの両肩に自分の手を置いてそのまま下に押し付けるようにを椅子に座らせた。
「ちょっと待てって、俺はまだ色々聞きたいことがあんだけど」
「で、でもわたしがここに居ては……」
「いいんだよ、騎士団なんて」
「でもあの、見つかってしまったら」
「どうせ追っ払わないといけないし大丈夫だって。だから、まだ帰んなよ」
少し照れくさそうに帰るなといったユーリには嬉しそうに笑って大きく頷いた。
それを見てユーリも満足そうに笑ったが、が「ん?追っ払う……?」と首を傾げているので思わず顔を背けた。
税金が払えないから追っ払うつもりだと正直に話していいものかと少し考えて、今は言わないことに決めたのだがなんだか気まずい。
何か話題を変えようとユーリが口を開きかけたとき、宿屋の扉が勢いよく開いた。
「ユーリいる!?騎士団がこっち来てるよ!」
駆けこんできたのは小さな子どもで、酷く慌てている様子だ。
ユーリはすぐにの手首を掴んで立ち上がらせると「ここじゃまずいか」と呟きながら何か考えていると思ったら「ちょっとこっち来い」とを引っ張って宿屋の外に連れていく。
入口で騎士団が来たことを知らせてくれた少年にすれ違いざま「サンキュー!テッド」とだけ声をかけた。
後ろから少年の「えー!ちょっとその女の人誰ー!?」と叫ぶ声が聞こえたが、ユーリが振り返ることはなかった。
宿屋を出てすぐ横の階段を上って一番手前の部屋の前まで来るとユーリがその部屋の扉を開けて中にを押し込んだ。
「ここに居ろ」
そう短い言葉だけ残して、扉を閉めるとどこかへ向かったのか階段を走って降りる音が聞こえた。
目まぐるしい展開についていけていないは暫くその場に立ち尽くしたままぽかーんと間抜けな顔で状況の整理をしていたが、この部屋はもしかしてユーリの部屋なのではないかという考えが浮かぶと途端に落ち着きがない様子を見せた。
男の人の部屋など入ったことがないは思わず部屋の中をその場で見渡した。
小さなベッドに、小さな丸テーブル。そして椅子が一脚だけ置いてあった。
いつ帰ってくるのかも分からないので、座らせて貰ってもいいのだろうかとベッドと椅子を交互に見渡して椅子の方へと進んだ。
本当に座ってしまっても大丈夫だろうかと椅子を見つめながら考えたが、意を決して「失礼します」と小声で挨拶をしてから腰を掛けた。
ユーリはどこに住んでいるのだろうかと聞くつもりだったが、ここがユーリの部屋だとしたらいつも宿屋へ連れてくる事にとても納得がいった。
どのくらいしたらユーリは戻ってくるのだろうと考えながら、ただぼんやりと座っていることしかすることがなかった。
知らない場所で人を待っているというのは落ち着かないが、男の人の部屋で帰りを待つなんてまるで恋人みたいだと1人で舞い上がっていた。
いつも屋敷で読んでいる本で出てくる女の子たちが恋人の部屋で彼の帰りを待つときの気持ちが少しだけわかったみたいで嬉しかったのだろう。
が1人で楽しんでいると、部屋の扉の方から物音がして確認する暇もなく部屋の扉が開いた。
驚いて振り返ると、ラピードが入ってきて器用に後ろ足で扉を閉めた。
口に瓶のようなものを銜えている。
犬が自分で部屋の扉を開けられるという事実に驚きが隠せないはラピードから目が離せなかった。
「ワゥ」
と小さく唸っての方に銜えている物を差し出している様に見えたのでが両手を出すと、ぽとりと小瓶が落ちてきた。
ラピードの様子を伺いながらが瓶の蓋を恐る恐る開けると、その場に薬品の匂いが広がった。
がその小瓶の正体に気付いてラピードを見ると、フイっと後ろを振り返ってまた扉の方へ戻っていってしまった。
「ありがとうございます!えっと、ラピード……さん」
後ろからラピードにお礼を言うと振り返りはしなかったが、一度だけ尻尾を振ってくれた。
犬にさん付けはどうかとも思ったが、あまりに利口なのでいくら犬とはいえ呼び捨てにすることはには出来なかったらしい。
ラピードは前足で器用にドアノブに触ってまた扉を開けた。
そしてまた外側から器用な身のこなしでドアを閉めて、どこかへ行ってしまった。
何て器用な犬なのかと感心して、ラピードがくれた小瓶を大切そうに握りしめた。
持ってきてくれたのは恐らく傷薬で、先ほどのタックルのお詫びなのだとにはすぐわかった。
治癒術で治してしまってもいいが、そうしたらこの傷薬は使えなくなってしまうと思うと今回は治癒術を使わなくてもいいかもしれない、とが嬉しそうに微笑んだ。
小瓶をテーブルの上に置くと、ラピードがまだ近くに居ないかと窓からこっそりと外を見てみるとユーリが向こう側から歩いてくるのが見えた。
は声をかけようとしたが、この場所に匿われているのに勝手な行動は取らないほうがいいのかと迷っているとユーリが外から気が付いてに向かって左手をあげた。
そんなユーリには嬉しそうに手を振った。
ユーリの姿が窓から見えなくなると、部屋の扉がすぐに開いてユーリが帰ってきた。
「悪いな、待たせちまって」
「いいえ、騎士団の方はもう大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、1人川に突き落としてきたから今日はもう来ないだろ」
ん?川に突き落とす?と驚いてが何も聞けずにいるとユーリはこの話は終わりとばかりにベッドに腰かけた。
を椅子に座るように勧めると、テーブルの上に見覚えのない小瓶が置いてあるのに気が付く。
「それ、のか?」
「あ、実はさっきラピードさんが持ってきてくれたんです」
「お前、犬にもさん付けなのか?ラピードでいいって」
「すいません、あまりに利口だったのでつい……」
「ま、ラピードも悪かったって思ってるんだろうな」
「とても嬉しかったです。傷薬がなくなるまで治癒術は使わないことにしました」
「そりゃ、ラピードも薬持ってきた甲斐があるな」
「本当に嬉しかったんです」
がそう言って小瓶を嬉しそうに見ているので、怪我をさせてしまったせいでラピードの事を怖がってしまうのではないかと少し心配していたユーリだったがその心配はもうする必要がなさそうだった。
ユーリが安心したように肩の力を抜くと、は思い出したようにユーリの方を見た。
「そういえば、ここはユーリさんの家ですか?」
「ん?ああ、言ってなかったか。俺、宿屋の一室を間借りさせてもらってんだよ」
「だからいつも宿屋に連れてきてくれていたのですね」
「女将さん世話好きだしな」
「魔導器を返しに行くって決めてからそういえばユーリさんはどこに住んでるんだろうとか何時行ったらいいんだろうとかお仕事はなにしてるんだろうって分からないことだらけでとても慎重になってしまいました」
「それで3日もかかったのか。ていうか、俺に聞きたいことってどこ住んでるとか仕事なにしてんのかってこと?」
「はい。そういうことを聞こうと思っていました」
「ふーん、それ聞くってことはまたここに来る気あるんだよな」
ユーリの問いかけに「はい」と返事が出来ないが急に黙ってしまった。
今回はユーリのとても大事なものを届けるという目的があって言いつけを破ってこっそり出てきたが、特に用事もないのに何度も何度も外に出るのは普段世話になっている人たちを裏切る行為だ。
騎士たちに申し訳ないというのは建前でしかないのかもしれない。
「本当の事を言うと、外には出たいです。でも、あのお屋敷に居られなくなったらわたしの居場所は……」
無くなってしまう。と声には出さなかったが、そう続く筈だった言葉を飲み込んだ。
声に出して言いたくないと思うほど、恐れているのがよくわかる。
しかしユーリにはの生活ぶりが疑問に思うことばかりだった。
「気になってたんだけど、どうして騎士団に顔が知られてるんだ?警護にあたってる騎士なら顔見知りなのはわかるけど、会ったことないフレンまでの顔を知ってるのはおかしいだろ。騎士団に警護されてるから見つかったら連れ戻されるっていうだけじゃないんだろう?」
ユーリにそう問い詰められるとはとても驚いた顔をしてユーリを見つめた。
言われたことが図星だったからだ。
そしてユーリはおかしいと確信を持って聞いているという事もはわかっていて、どう答えたらいいかと少しだけ下を向いた。
何も答えない訳にはいかないのだろうとわかってはいるが、どうしてもユーリには話せない事だった。
しかし、自分の事を少しでも知ってもらいたいという気持ちがユーリに対して既に芽生えていた。
が決心をして顔をあげると、ユーリもいつにも増して真剣な表情をしていた。
「詳しいことは言えませんが、例え話でもよろしいでしょうか」
が不安そうな声色でそう言うので、ユーリは仕方ないかと息をついて了承したように少しだけ顔を緩めた。
そんなユーリを見ては少し安心したのかほっとした表情を見せた。
「わたしはあまり会ったことがないのですが、この世界にはクリティア族という種族がありますよね」
「ん?ああ、知り合いは居ないけど見たことくらいなら」
「クリティア族は長く尖った耳と、その後ろから伸びた房状の触角が特徴的で見ただけでクリティア族だとすぐにわかりますよね」
「まあ、そうだな」
「詳しくはわたしも説明出来る程知識がないのですが、クリティア族はその特徴的な外見以外にナギーグというクリティア族特有の力を持っているそうです」
例え話で突然クリティア族の事を話し出すにユーリは首をかしげるばかりだったが、が真剣に話しているので最後まで付き合うと決めたのかの言葉に頷いた。
「もし、そのクリティア族の中でナギーグという力を持たないで生まれてきてしまった人がいたら……その人はクリティア族なのでしょうか?」
の瞳が少しだけ揺れたのがユーリにはわかった。
「クリティア族からはお前はクリティア族ではないと遠ざけられて、でも輪から離れるとその他の人は外見がクリティア族とそっくりなのだから、その人の事をクリティア族だと思ってしまうのではないでしょうか」
「そうだろうな」
「けれど、その人はクリティア特有の力を求められてもどうしようもできないですよね。そんな力は初めから持っていないから。でも事情がわからない人にはその人はクリティア族にしか見えない」
少し間が空いて、が静かに言った。
「わたしは多分、それなんです。だからユーリさんのお知り合いが知っているのはきっとわたしではありません」
ユーリはそこまで聞いて今まであった突っかかりが途端に無くなった様な感覚だった。
以前屋敷に行ったとき「騎士団はお城で生活しているのですよね」と恐る恐る聞いてきたが咄嗟に浮かんだ。
城に自由に出入りする人なんて騎士団と政治に深く関わっている者と皇族位だろう。
騎士団に見つかっては不味いということなのだから恐らく騎士団に普段護衛されるような立場の人間でを見たらその人と間違えてしまう位そっくりな人物が国の重要ポストに存在しているという事なのだろうとユーリは推測した。
あくまで例え話なので、推測が間違っている事も考えられるがおおよその事は理解できた気がしていた。
「いつか自由に外が歩ける日が来るのかもしれないですが、それは今ではありません。それでもいつか出られるのなら……」
「今の生活を受け入れて我慢するって?」
「それが1番いいと思っています」
外に出たいというの想いはユーリには容易に理解できる。
いくら衣食住が保証されているとはいえ、屋敷に閉じ込められ社会からはじき出された生活を送っている。
もっと外の世界を見たい、関わりたいと思っても今の自分の居る環境を壊してまでしたいことなのか分からなくて迷う。
状況は全く違うがその点は朝フレンに言われて浮き彫りになっているユーリの迷いと少し重なった。
それと同時に、自分が騎士団を辞めた理由をはっきりと思い出す。
騎士団に入って国を変えたかった。でも規律や法に従って動く騎士団ではある程度犠牲になってしまう人が居る。
その犠牲になってしまう人たちを放っておけなくて、どうにかしたくて騎士団を辞めた。
それなのにどうしたらその人たちを助けてやれるのか分からくて、だた時間だけが過ぎていく。
目の前に帝国の事情で自由を奪われているがいて、例え話で本当の事をきちんと聞いたわけではないが、大体の事情を理解したのに放っておくなんてことはユーリには出来なかった。
「って、わたしがこんなに長い時間ユーリさんの部屋に居るのも可笑しいですよね!わたしそろそろ帰ります」
「はあ?なんだよ突然」
ユーリが黙って色々考えているとが突然帰ると言い出すのでそれにまた驚くユーリ。
なんでこんな話の途中で帰ろうとするのかとムッとした表情を見せたが、はなんだか恥ずかしそうにしていた。
全く意味が分からず首を傾げていると、が顔を赤らめながらユーリを見た。
「だ、だって、男の人の部屋に長居するなんてこ、恋人でもないのにそんなこと……」
話しながらさらに顔が赤くなっていくをみて、そういうことかと納得すると同時に前にも似たようなやり取りをしたなと思い出してユーリは思わず吹き出してしまった。
自分には女性心理を思いやることなんて出来ないと自覚しているユーリだが、突然何を言い出すのかと思えばそんなことかというように腹を抱えて笑っている。
「だって、用もないのに男の人に会いに行くんですよ!そ、そういうのが許されるのは、こ、こ、恋人くらいです!」
と屋敷で同じように顔を真っ赤にさせて必死に訴えていたのを思い出してなかなか肩の揺れが収まらない。
てっきり都合の悪い話を速く切り上げたいから帰ると言い始めたのかと思っていたユーリには全くない発想だった。
育ちがいいというか、世間知らずというか、の個性でもあるがどうも恋人でないとしてはいけない事が多いなと感じてしまうユーリ。
人間関係など殆ど築かず本ばかり読んで人との接し方を必死に覚えてきたと本などほとんど読まずとも沢山の人と関わって日々を過ごしているユーリとでは考え方がこうも違っていた。
「なんつーかは、恋人に憧れでもあんのか?スゲー気にするよなそういうこと」
「そ、そりゃあ!ありますよ!だって会いたいときに会いに行っていいんですよ、恋人は」
「へー別に友達でもいいだろそんなのは」
「恋人はその人の事を考えて一緒に悩んで一緒に進んでいける人なのだと思います。わたしは今まで誰かに必要とされたことがないので特別必要とされたいのかもしれません」
照れて顔を真っ赤にさせているからかの口は中々止まらない。
「そ、それに恋人が居たら何だか外の世界で居場所が出来たみたいで……誰か1人でも自分の事を大切に思ってくれる人が居たらここに居ていいよって言ってもらえている気がするんです。あ、でも友達もいないのに恋人なんて夢のまた夢なのでまずは友達を作るところから……」
勢いがなくなってきたと思ったら「あ、でも男女の友情は存在しないって書いてある本もあって……」などと勝手にどんどん思考を巡らせていくにせっかく収まってきた笑いが再びこみ上げてくるユーリ。
この手の話題でを1人で喋らせておくと中々面白いという事がわかったようだった。
「つーか、恋人が居たらその恋人に会うために外出んのか?」
「え!?そ、そうですね……会いたくなったら、出てしまうかもしれません」
恥ずかしそうに答えたに、ユーリが含み笑いを向けた。
「それなら、俺と付き合うか?」
冗談っぽくさらっとユーリが言うと、の動きがピタリと止まってやっと普通に戻った顔が再びみるみるうちに真っ赤になっていった。
そんなを見て、冗談でもこういうことは言わないほうが良かった、失言したとすぐに「なんて冗談だけど」と付け加えようとしたユーリだったが、その言葉が付け加えられることはなかった。
の目がみるみるうちにキラキラ輝いて、顔を真っ赤にさせながらも嬉しそうな表情がどうしても隠し切れないといった様子についにユーリは冗談だとは言えなかった。
はじめから冗談などというつもりははなから無かったのかもしれない。
こんな事を言ったらどんな顔をするのだろうかと興味だけあって、きっとの色んな表情を見てみたいのだと。
「あー、まあそのなんだ。俺と付き合って外に出る理由が出来るってことなら、なるか?恋人」
にとっては夢のような提案で、すぐにでも頷いてしまいたかった。
それをしなかったのは自分が思い描いていた恋人が出来る瞬間とあまりにかけ離れていたからか、素直に飛びついていいのかと迷っているからだった。
ユーリがの事を好きだなんて到底考えられなかったし、好きでもないのにここまでしてくれるユーリの行動が分からなくて見返りになにか求められるのだろうかとも考えたが自分が差し出せるものなんて何もなかった。
好きになって貰わないといけないと思っていた。
自分が望んでいた本当の意味での恋人とは全く違う形だが、それでもユーリがに外での居場所を与えてやるために言ってくれているのだと十分にわかっていた。
本当にそれでいいの?という問いかけもなかったわけではないが、外との関りを与えてくれるユーリに甘えないなんてことは出来なかった。
がユーリは本当に恋人になってもいいのだろうかと少し不安そうな顔で見つめると、ユーリはそれに気づいたのか優しく笑って手を差し伸べてくれた。
それを見ては微笑んでユーリの手を取った。
「でもわたし、ユーリさんにとってなにかお役に立てるような事は……わたしばかり得している気がします」
「はあ?なんだそれ、そんなこと気にすんのか?んー……」
そうだなと小さく呟いて少し考えている素振りをみせたユーリだったが、すぐに考えるのを辞めて呆れたように笑った。
「ま、いいんじゃねーの。恋人ってそういうもんだろ」
確かに本来恋人とは損得など関係ない存在なのかもしれない、と妙に納得してしまったはクスッと小さく笑って「はい」と頷いた。
納得した様子のを見てユーリは満足そうな表情を浮かべた。
「じゃあこれからはさんなんて付けないでユーリって呼べよ」
悪戯っぽく笑ってそう言ったユーリに驚いたが嬉しそうに頷いた。
「はい、よろしくお願いします。ユーリ」
「よろしくな」
初めて呼び捨てで呼ぶ名前は少しだけ恥ずかしくて、ドキドキしながら呼んだ。
ユーリと出会ってまだ数日だというのにの状況は大きく変化していた。
理想とはかけ離れているかもしれないが、この日が形だけかもしれないがユーリの恋人となってに初めて外での居場所が出来た。
(2017/07/13)
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