「あいつ……ったくまた危なっかしくフラフラしやがって」

ふと待合室から見えた姿に少年は頭をボリボリ掻きながら面倒くさそうに立ち上がった。
少年が何を見ていたのかとつられてそちらを見ると少し驚いたように声をあげる。

「あの娘は…!シカマル、知り合いなのか?」

「…まあ、知り合いっスけど、なんで五代目がそこらへんの一般人のこと知ってるんスか」

「………なんだ、何も知らないのか」

近くに居た五代目火影である綱手が一人で道を歩いているを知っているようだった。
何故なのか、それを聞いても曖昧な態度をとられて少し面白くない。

確かにシカマルもと初めて出会った時から疑問だった。
外部から使用人を雇いそうもない日向一族が彼女を使用人としている訳を。

シカマルが綱手に問いかけるような目でジッと見ると彼女はそれに気づいて息をついた。

「…お前は口が堅そうだから教えてやるよ」

「何スか」

「あの娘はな、氷遁使い……血継限界の持ち主なんだよ」

「……は?いや、でもあいつ一般人で――――」

「そうだ、だから日向一族が保護している。彼女が戦力兵器として使われないようにな」

シカマルは、あまりにも突拍子のない話に思わず声も出なかった。
血継限界、日向一族の白眼のような遺伝にのみよって伝えられる特異能力体質のことだ。
あの忍の世界とは無縁そうながそんなものを持ち合わせていたとは、さすがのシカマルでも考えないだろう。

「彼女の一族はみな殺された。力を我が物にしようとした奴らの手によって……」

「……………」

「まだ物心つくかつかないかの彼女を一族全員で守った。彼らが得意としていた結界忍術でな」

「ひとりになった彼女をそのあたりをちょうど通りかかった旅芸人たちが拾っていったんだよ」

「……それで、なんで日向があいつを保護するのと繋がるんスかね。第一、あいつ忍術なんて使えんのかも微妙だし」

「それが、使えたんだ。本人はおまじないだとしか思ってなかったみたいだがな」

「ハハっ………あいつらしい」

「それ故、彼女を欲しがる忍はたくさん居てな。木ノ葉に彼女らが来た時も当然狙われた」

シカマルが旅芸人と聞いて思いついたのは綱手の五代目火影就任祝いの時に開かれた祭りのときにいたところしかない。
確かあの一座の護衛任務はガイ班と紅班が担当していた筈だ。
ネジも、ヒナタも盾驕B

「彼女を狙っていた輩は思わず白眼にも出くわして両方持ち帰ろうと、ヒナタも一緒に攫っていこうとした。それを彼女が自身の結界忍術で助けた」

「その後、日向一族が彼女は自分たちで保護をするといって一座から彼女を買い取ったんだ、かなりの高値でな」

どうしてそこまでして……。
シカマルがそう呟いたが、綱手は首をふった。

「その辺の詳しい事情は知らん。だが、あの一族はしつこいぞ?あの娘を日向から取ろうなんて考えてみろ、シカマル…生きて帰れないぞ」

「……あんなちょっと話してるだけでもれなく殺気とばしてくるおまけつきなめんどくせえ女こっちから願い下げだ」

そう言って歩いて行くシカマルに綱手が呆れたような表情をみせる。

「ただ、あいつ放っておくと何するか分らないんで。……それだけっスよ」

* * * * *

「おーい、ちゃんと前見て歩けよ。誰かとぶつかっても知らねーぞ?」

シカマルが後ろから声をかけても聞こえていないかのように振り返ることもなく歩いて行くにシカマルはため息をついた。
彼女を追いかけてその細い腕をグイっと引っ張ってみる。

「お前に言ってんだよっ!ったくボーっとしすぎなんじゃねー……のって、お前――――」

シカマルは彼女をこちらに引っ張ったのは良かったのだが、思わぬ事態に凍りついた。
の瞳からは涙が溢れ、頬を伝っていた。

で突然現れたシカマルに慌てふためいてすぐに涙を拭って笑ってみせた。

「シカマル!こんにちはっ!すみません、ええっと私はお散歩の途中でして……あっ!ま、迷子というものはダメですね。大変心細くなってしまうというか………」

みえみえな嘘を必死になってついているに何かあったのだろうとすぐにわかった。
恐らくだが、彼女が一人で日向の敷地外を歩いているのは異例なことなのだろう。

「………なんだよ、また迷子かよ。つーか、なんだ?また敬語に逆戻りか?」

「敬語……?あっ!すいません。でも、私にとって敬語のほうが話しやすいのかもしれませんね」

「まあ、別になんでもいいけどよ」

少し残念だとも思いながら彼女が敬語のほうが話しやすいというなら仕方ないと横を向いた。
そういえば、と思い出したようにシカマルがに問いかけた。

「そいや、ネジは居ないのか?お前を一人でどっかに行かすなんて珍しいな」

そう言った後、シカマルは頭が真っ白になった。
何がまずかったのか、の目からぶわっと涙が溢れた。
それに気づいた彼女自身がすぐに服で拭ってまた笑顔を見せる。

「ネジ様は任務に行かれました。テンテンさんが急ぎだとかで、朝………」

「あー、わかった、わかったから………その、何があったんだよ。喧嘩でもしたのか?…なんつーか、まあ、めんどくせえけど聞いてやるからよ」

少し照れくさそうにそういったシカマルには少し驚いたような顔をした。
困ったような表情の彼女の頭をぽんぽんと叩くとが下を向いて消えそうな声で呟いた。

「勘違いを…していました。ずっと、このままでいられるわけがなかったのに……日向の一員になれたような気になって、自分が恥ずかしい、です」

シカマルは黙っての言うことを聞いていたが、顔をしかめた。
彼女が言っていることからしてまるで、日向から追い出されたように聞こえた。
どういうことだとシカマルが聞くのよりもの口が開いたのが先だった。

「ネジ様に、婚約者ができたそうなのです。それで、今朝……ネジ様に、使用人をやめて欲しいと言われました。」

「…………お前」

「わかって、いたんです。私はただの使用人でしかなくて、ネジ様は木ノ葉の名門日向一族の人で………」

じゃり、と地面がこすれる音がしてシカマルがふと顔をあげた。
目が合って、驚いたがそういえばと先ほど自分で言った言葉を思い出した。
今日は、いつもとは少し違っているようだった。

「どう頑張ったって釣り合わないって…………諦めたんです。諦めて……でも、諦めたく…ない、です」

その言葉と同時にふわっと、何かに包まれたような感覚になったと思ったら優しく香る大好きな、香り。
いつのまに、いたのだろうか………。
シカマルのほうをみようとしても、ぎゅっと抱きしめられたはもう動く気もなかった。
目の前には、大好きな人。

「ネジ、様……どうして……?」

「諦めないでくれ。が諦めたらオレは一生独り身だ」

いつもと同じような、冗談でもいっているのではないかと思わせるように少し楽しそうにネジが言った。

「今朝は、すまなかった。話の続きをを、いまここでしても……いいか?」

そう聞いたネジに答えるようにネジの服をきゅっと握った。
どうしてだろうか、今朝はあんなにも聞きたくないと思っていたのに……。

嫌な予感しか、しなかったのに………。

早く、言って欲しいと願っている自分がいた。

「婚約のことは、まだ決定ではない。なにせ、婚約者本人の了承を得ていないからな……」

自然と顔をあげて、ネジを見つめていた。
その、優しく笑った表情にどうしようもなく泣きたくなった。

嬉しくて、泣きたくなった。

「日向の使用人をやめて、オレと婚約してほしい……。を使用人としては置いておけない。オレがもう、耐えられない」

「ネジ、様……」

「お前が愛おしくて、好きで仕方がなくて…オレだけのものでないと、耐えられない」

弾かれたように、抱きついた。
好きで、大好きで、

「大切に、ずっと大切にする……だから、オレの隣にいてほしい。ダメだろうか―――?」

その問いかけにがゆっくり首を振る。
泣きながら、それでもいっぱいの笑顔で顔をあげた。

「居ます。ずっと、います…!ネジ様が嫌になっても、いるかもしれないです」

困ったように笑ったの額にひんやりとしたネジの額あてが彼女の熱を奪っていく。

「ありがとう」

嬉しそうに笑ったネジにつられるようにも同じように笑った。

「大好き、です」

そういった彼女を独占するかのように自分の腕の中に収めてしまう。
耳元で囁くと彼女はくすぐったそうにして顔を隠した。

(つーか、オレがいること忘れられてね…?堂々といちゃつきやがって………なんか、腹たつ)

耳元で囁かれた愛してるは一瞬の終わりと永遠の始まり

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