「ちゃん、ネジ兄さんと何かあったの?」
いつものようにの所に遊びに来たヒナタはなんだかいつもと違う二人の様子に首を傾げた。
ヒナタにとっては掛け替えの無い友人なようなものであり、姉妹のようなものであり、家族も同然だった。
がヒナタをどう思っているのかはわからないが、少なくともヒナタにとってはそんな存在だ。
年も同い年という事もあってよく一緒に服を買いに行ったり、ヒナタがこうしての所に遊びに来て彼女の仕事を手伝ったり他愛も無い話をしていくのは珍しくもなんともない。
今日もの手伝いで一緒に家事仕事をこなしているヒナタだが、どうもいつもと違う雰囲気に違和感を感じた上にどうもの様子が可笑しい。
話をしていてもどこか上の空で、洗濯物を干そうとしたら転んで洗濯をした服を巻き散らかし、掃除をすればすべって階段から落ちる。
その上、怪我はないかと心配してきたネジに驚いて咄嗟に逃げようとしたのか自分の着物を踏んでしまって顔面から倒れるという失態をしてしまう程だった。
ちょうど今はヒナタと二人で昼食を作っているところだが、『ネジ』という単語が出ただけで動揺して指を切ってしまう。
ヒナタが驚いてあわてて治療しようとしても大丈夫だと、何も無いと首を振るだけ。
そうやって必死になりながら顔が紅く染まっていくのを見てなんとなく何があったのかを理解はしたが、確信はなかった。
がネジに思いを寄せていることをヒナタは知っている。
そしてネジがよりも先にずっと彼女のことを思っているというのも知っている。
この二人は本人たちこそ周りは何も知らないと思っているが、恐らく一族の中でこの二人の気持ちは誰もが知っていると言っていいほどわかりやすい。
どうして発展しないのだろうと疑問が沸いてくるほどだった。
そしてヒナタは直接的な言葉ではないが、彼女からネジのことをどう思っているかを聞いている。
時々の相談にも乗っている。
「ネジ兄さんのこと、嫌いになった……?」
切ってしまった指を治療しようとヒナタが消毒液の準備をしている時にポツリと呟いた。
もちろん、そんな筈はないとは思うのだがこんな風に聞かないとは話をしてくれないと思ったからだ。
ボーっとしていただがヒナタの言葉にとんでもないと首を横に振った。
「そんなこと、絶対にありませんっ」
「でも、どうしたの…?今日のちゃん、少し変だよ?」
「そんなことありません、ただ…少し色々考えてしまって……」
「考えごと……?」
消毒をするからとの手をとるとヒナタよりもずっと熱くほてっていて、の顔も赤い。
そんなに恥ずかしくて言えないことでもあったのだろうか…?
そう思って、包帯を巻こうとしたときに見えたの表情にヒナタは一瞬手が止まりそうになった。
のどこか寂しそうなその表情は知っている。
まるで昔の自分を見ているようなそんな感覚に陥った。
包帯を巻き終えると、はすぐに仕事に戻ろうと立ち上がった。
「色々、考えたんです。でも、私はもうすごく幸せなんです。だから……もう、大丈夫です」
詳しいことは何も聞いていない。
それでも、ヒナタにはがどんなことを思っているのか分かった。
自分もそうだったから、そう思っていたから。
そしてそれが本当は違うのだということも分かっている。
このままでは、いけない。
そう思ってを呼び止めようと腕を伸ばした。
しかしその瞬間、の体が前に崩れていくのがやたらとゆっくり、しかもしっかりと目に入った。
「ちゃんっ!!」
ヒナタが叫んだのとが鈍い音を立てて倒れたのがほぼ同時だった。
すぐに彼女に駆け寄る。
今日は何回も転んだり階段から落ちたりしているが、どうもそのときと様子が違う。
そう、いつもならこのあたりで起き上がって困ったような笑顔を向けるのだ。
「またやってしまいました…。」と。
「何があったので………ッ!?」
すぐにネジがまた何かあったのかと、修行を中断して顔を見せると彼もまた異変に気づく。
に駆け寄って体を抱き起こす。
既にに意識はなく、それでも体は熱い。
額に手を当てると熱い。それもかなり。
「凄い熱だ……ヒナタ様、すぐに医者をッ!」
「はいっ!分かりました!」
ヒナタが走って医者を呼びに行くとネジはを急いで彼女の部屋に寝かせる。
横たわっている彼女を見て思い当たる原因は自分しかなかった。
昨日のことがいけなかったのだろうか…?
焦りすぎたのだ。
自分のことで精一杯で彼女のことまで頭がまわらなかったのだ。
そして今日も倒れるまで気づけなかった。
なんだか顔が赤くなっているような気はしていたが、少しは自分の事を意識してくれているのだろうかなんて浮かれていた自分が腹立たしい。
を振り回して、傷つけてしまったのではないだろうか?
例えネジがをどんなに傷つけたとしても、は変わらずネジに笑顔を向けるだろうし、ネジが言ったことは例え嫌でもなんでもしてくれる。
自分には彼女をそこまで縛り付けて置くことが出来るのだ。
それでは、いけない。
そんなものは自分が欲しかったものと違うのだから。
* * * * *
「風邪ではありませんね、知恵熱にしては少し高い気もしますが……恐らく過労などからの熱だと思います」
熱が下がるまできちんと休ませてください。医者はそういって薬を置いて帰った。
まだ眠ったままのを挟むように座ったネジとヒナタの顔つきはなんだか重苦しい。
そんな空気の中、話を切り出したのはヒナタだった。
「ネジ兄さん……昨日、ちゃんと何があったんですか?」
「……いや、ヒナタ様が気にするようなことではないですよ」
静かにそう言われて、これ以上このことに関して話してくれなさそうな気がしてヒナタは何も言い返さなかった。
黙ってを見つめていた。
そして、独り言のように呟いた。
「ネジ兄さんはいつまでちゃんを使用人として傍に置いておくつもりなんですか…」
ネジは驚いたような表情でヒナタを見た。
自分のへの気持ちに気づいている事へ対して、そして今の悩みの根源とも言える二人の位置関係について。
まさか、ヒナタが気づいているとは思っていなかったのだ。
ヒナタが真っ直ぐネジを見据えるとネジは困ったような、悔しそうな、寂しそうな表情を浮かべる。
「オレは確かにを助けるような形で日向に引き入れました。でも、だからと言ってオレがを縛り付けてはいけない……」
ネジの返答が予想外だったのかヒナタは驚いたような顔になる。
「の好きなようにしてやりたい、だからがオレ個人を思ってくれるまで待っていることしか出来ない…」
ネジの言っていることは決して間違っていない。
彼女を思うがために自分のエゴを押し付けないように、己を抑えて、耐えて……。
不意に浮かんだのはさっきのの寂しそうな表情だった。
ヒナタはあの表情を知っている。
何かを諦めたような表情。
は使用人でしかなかった。
立派な忍でもなければ、大した経歴もないただの旅芸人。
日向に助けて貰うように拾われて、彼女にとって日向は絶対。
ネジのことを誰よりも思っているのに、木の葉の名門日向家…分家の人間といっても彼女にとってはずっとずっと上の存在。
ヒナタにはあの時、がネジを諦めたようにしか見えなかった。
自分とどうしても縮まらないその距離を感じ取って、ネジには自分よりももっと相応しい人が居ると身を引こうとしてる…と、思っているような気がした。
ネジが彼女を待ち続けてもは自分からネジに思いを打ち明けることはしないだろう。
そうなれば、この二人はいつまでも平行線で互いを思うあまりなにも出来なくなってしまう。
「ちゃんを自由にしてあげたいなら、私たち日向一族の使用人から開放してあげるのが一番いいと思います」
「…………そうですね」
「でも、ちゃんを手放すことは出来ない。だったらやっぱりちゃんを自由にしてあげられるのはネジ兄さんしか居ません!」
「ヒナタ様…?」
「ちゃんを日向の使用人じゃなくて、ネジ兄さんだけのものにしてちゃんを自由にしてあげてください」
「それでは………」
「もちろん選ぶのはちゃんです。でも縛ってはいけないからって待っているだけじゃなくて……」
ヒナタはゆっくりとに視線を落として、そして優しい表情でネジを見た。
「ネジ兄さんがちゃんに手を差し伸べてあげればいいと、思います…」
そういって柔らかく笑ったヒナタを見てネジは驚いたように動かなかったが不意に力が抜けたように笑顔を見せた。
ふっと目を閉じて適わないというように息をついた。
「アナタも随分と変わった………」
ネジのその言葉に嬉しそうな表情を浮かべる。
ああ、そうだ。
この間にある大きすぎる壁をが壊すことが出来ないのなら…。
オレが無理やりにでも壊すしかない。
それから選ばせればいい、待っていればいい。