よく晴れた空
絶好の洗濯日和だという天気
それに従うように洗濯物を干している彼女、の表情はどこか浮かばれない。
ボーっと何か考えているのか、何も考えていないのか。
誰が見ても元気とは言いがたい表情で黙々と洗濯物を干していく。
「さん……そんなに気になさらなくてもネジはちゃんと帰ってきますよ」
「え?ど、どうしたのですか…?急に……」
「いえ、どうもネジが任務で里を出てから元気がないと思ったので」
「そ、そんなっ!私は変わらず元気です」
「そうですか、それならいいのですが…」
ネジが任務で里を出て早2週間。
日に日に元気がなくなっていくを見て洗濯を手伝いながらネジと同じ日向一族の日向コウが彼女を励まそうとするが、あまり効果はなかったようだ。
はコウに対して笑顔を向けたが、顔を逸らすとまた先ほどと同じような表情に戻ってしまう。
どうしようか、とコウが思考を巡らせていると思いがけない来客が現れた。
「ちゃんっ!ネ、ネジ兄さんが、帰ってきたって…!」
急いで来たのか少し息を切らしながらヒナタが嬉しそうにに言った。
は突然の事で頭が回らず立ちすくむ。
やっと頭の中でヒナタの言葉を理解したとき、は思わずコウを見た。
「行ってあげてください。そのほうがきっとネジも喜びます」
コウの言葉に頷くとヒナタがの手を取った。
「すいません、コウ様。行ってきます」
ヒナタに連れられて少し駆け足でその場を後にする。
「私、これから任務なの…ネジ兄さん、きっと綱手様に出す報告書を書いていると思うから近くまで送っていくね…!」
「ヒナタ様…ありがとうございます!」
「ううん、いいの。ちゃん最近元気が無かったから…良かった」
ヒナタが安心したというように笑ったのを見て、自分ではそんなつもりは無かったはなんだか恥ずかしくなって顔を赤らめた。
は一度ネジが瀕死の状態で帰ってきたときのことがどうしても忘れられなくて危険な任務や里外の任務となると決まって先ほどのように途端に元気が無くなる。
その度にコウやヒナタは彼女のことを気にかけて気分転換に誘ったりするがやっぱりネジが居ないとどうにもならないらしい。
の嬉しそうな顔を見てヒナタはホッと息をついた。
「ここで待ってれば、そのうち来ると思うよ…!」
「ありがとうございます!」
「それじゃあ、私…行くね」
「ヒナタ様、お気をつけて…行ってらっしゃいです」
ヒナタに送って貰って火影様の執務室がある建物の前まで来たはヒナタを見送ると辺りを見回した。
当たり前だが、自分のような一般人は一人も居なくて何だかジロジロ見られている気がしてならなかった。
少し居づらくなって建物の影に隠れてネジが来るのを待つことにした。
「やだ…これじゃあ何だかストーカーみたい……」
はしたないんじゃないかと思いながらもやっぱり表に出ることは出来なくて、そのままひっそりと様子を伺う。
何人もの人が出入りしているその入り口から見慣れた影が出てきた。
はその影を見てすぐに駆け寄ろうとしたが、それはピタリと静止してしまう。
入り口から出てきたのは確かにネジだ。
でもその隣には綺麗な女の人が並んでいた。
その女性と並んで顔を赤らめて話をしながら歩いていくネジを見てなんとも言えない衝撃をうけたような感覚に襲われた。
出るに出られなくなってしまって、そのままネジが遠ざかっていくのをただ呆然と見ていることしか出来なかった。
はしゃいでた自分が馬鹿みたいで空しくなって、悲しくて…下を向く。
「…だっけか?何してんだよ、こんなとこで」
突然横から声をかけられて驚いてそちらを見ると見たことのある顔が自分の顔を覗き込むようにして立っていた。
「し、シカマルさんっ」
「おう…で、もう一回聞くけど何してんの?」
「え、と…ネジ様を迎えに………」
「ネジならついさっき行っちまったぜ?追いかければ―――」
「いいんですっ!お邪魔、してしまいますから…」
「…………で、あんたは帰らねーの?」
「わ、私、普段日向の敷地からあまり出ないもので…近場のお店以外は、その………」
「……つまり、迷子ってことか」
「うう、はい。そうです」
「ったく、どうやって来たんだよ全く」
「来るときは、ヒナタ様が任務のついでに送ってくださって……」
この前道端で転んで、荷物を道中にブチまけた挙句鼻緒が切れてしまって困っている所をちょうどシカマルに拾われたのだが、今回も恥ずかしいところを見せてしまった。
黙ったままの彼に無言で呆れたような表情でジーっと見られては目を逸らす。
シカマルはフーと息をついて、「仕方ねえ……」と呟いた。
「めんどくせえけど送ってやるよ」
「で、でも……」
「でもじゃねーだろ。帰れんのか?」
「…帰れません」
「じゃ、ちょっとコレだけ渡してこなきゃいけねーからここで待ってろよ」
が頷くとシカマルは手に持っていた書類をヒラヒラさせながら中に入っていった。
前にも思ったけど、いい人。なんて思いながらは安心してホッと息をついた。
* * * * *
「長かった任務もこれで終わりね!これでネジ君も大好きな使用人ちゃんの元へ帰れるわけだっ!よかったねー」
「っな、何を言ってるんですか…」
「あれ?もー照れちゃってぇ〜!可愛いなぁ〜」
「やめてください、別に照れてません」
「そうは言っても里に帰ってきてから早く家に帰りたくてうずうずしてるくせに。バレバレよ?」
「……………」
この女性はネジ今回の任務で一緒だった人たちの一人だ。
帰る方向が一緒だったので途中まで必然的に一緒になった。
女性というものは恋愛話をしているときはやたらと浮き浮きしてる。
任務のときになんとなくそんな話になってそれからというもの、ネジは彼女にやたらとからかわれていた。
ネジはため息をつくと、そのまま自分の家のほうへ曲がろうとする。
すると、彼女は楽しそうにまたネジをからかった。
「優しくしてあげるのよ?待たされてるほうは結構不安で、寂しくて、心配でしょうがないんだからさ」
彼女の言葉に無言の肯定をしたあと、ネジは「お疲れ様でした」と頭を下げてまた歩き出した。
久しぶりにやっと会える。
それだけで、家までの足取りは軽くなる。
自分が居ない間、何もなかっただろうか?
体調などを崩したりはしなかっただろうか?
早く会って確かめたかった。
いつもどおりの笑顔が見たくて仕方が無かった。
「ただいま………?」
家に入っても誰も居ないのかシンと静まり返っている。
ネジは顔をゆがめた。
この時間帯ならは家でいつも洗濯を干している筈だ。
急いで洗濯場へと足を運ぶとそこに居たのはではなくコウだった。
「ネジ、お帰り。さんは?あれ…一緒に帰って来なかったのか?」
「……どういうことです?」
「さっき、ヒナタ様がお前が帰ってきたからってさんを連れてお前を迎えに行った……って」
ネジはコウが喋り終わらないうちにすぐに飛び出して行ってしまった。
コウはそんなネジを見て困ったように笑ったが、そのまま洗濯物を干すのを再開した。
* * * * *
「にしても、わざわざお出迎えとは大そうなこったな」
「任務は常に死と隣合わせと聞きました。それで………」
「つっても、そんな毎回危険な任務ってわけじゃねーぞ?」
「それは分かっているのですが、私が日向家に仕え始めた頃…ネジ様が里抜けした人を連れ戻しに行った任務で重症で帰ってきたことがあって……」
「………………。」
「どうしても、その時の事が頭から離れなくて……」
「…わりぃ」
「……へ?どうしたのですか?」
「それは、オレの責任だ。オレはその任務のとき、小隊長だった」
悔しそうにそう言ったシカマルを見ては言葉が詰まった。
無責任なことを言ってしまったと、シカマルの顔を覗き込む。
「すいません、私……何も知らないのに…」
「いや、昔の事だしな。気にしてねーよ。それに、ネジは昔よりずっと強くなってんだ。そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけどな」
「………シカマルさん」
「そのシカマルさんってのやめねえ?同い年だろ?堅っ苦しい敬語もなしだ、めんどくせえ」
「でも………」
「オレは日向とは関係ねーしな、お前にそんな畏まった態度を取られる義理はねーよ」
「………はい」
の返答に「ホントにわかったのかよ」と呟くが、彼女の笑顔を見て思わず笑みをこぼした。
「お前、前から思ってたけどよホント抜けてるよな。よく使用人なんてものが勤まるな」
「そ、そんなこと…!シカマルが私の―――――」
「っ!!」
不意に名前を呼ばれて振り返ると腕を引かれてそのままグイっと引き寄せられる。
息を荒くして、その温かくて大きな手での頭を自分の方へ寄せる。
「探したぞ………」
「ネジ、様?」
「まったく、お前はオレを迎えに来たのだろう?オレがお前を迎えに来てどうする」
「すいません…でも、お邪魔したらいけないと思ったので……」
「邪魔…?」
ネジは何の事だと思い返してみて、ハッとなった。
「違う、あれは今回の任務で一緒になった人だ。ただそれだけだ」
「でもネジ様なんだか照れて―――」
「違うっ!とにかく違う、照れていたのは違う、違うんだ……」
シカマルはおおよそ話の流れを理解したのか疲れたように目を閉じた。
ネジも苦労しているのだなあ、と。
とにかく、ネジが来たという事は自分の役目は終わったのだとシカマルは帰ろうと方向転換した。
「じゃ、オレは帰るぜ。じゃーな」
それだけ言って歩き出すシカマルをが呼び止めた。
「シカマル、ありがとう!ばいばいっ」
そのの言葉にネジは顔を歪め、シカマルは振り向かずに手だけをあげて行ってしまった。
はそれでも嬉しそうに笑みをこぼす。
ネジはそんなを見てなおさら顔を歪めた。
自分だって呼び捨てで呼ばれたことなど無いのにそこらへんの最近ちょっと会ったくらいの男に先を越されたような気がして気に入らなかった。
「ネジ様、今日の夕食は何が―――――」
「ネジでいい」
「はい?」
「今度から様は付けるな」
「え、えええ?できませんっ!日向に仕えている者としてそんな………こと」
の言葉の途中にネジの顔が近づいて、はどうしていいかわからずにネジの様子を伺う。
ネジはどこか切なそうな表情を浮かべてを見たあとに更に顔を近づける。
唇が触れる寸前で止まって、が少し怯えたように目を閉じる。
そんな彼女を見て一瞬その切ない瞳が揺れたと思ったら彼女の唇ではなく頬に口付ける。
「お前は……少しは気づいてくれ…」
顔を真っ赤にさせたにそういうと、何も無かったかのように彼女の手を取って歩き出す。
はまともにネジの方を見れずに顔を逸らしている。
いつもとは違い、無言のまま家路をたどった。
ああ、そうだ。
お前はいつだって誰よりも近くに居るくせに、そうやって一番遠いところから近づいてくれない。