どうしてだろう
足が動かない
ここはどこだろう
彼のお屋敷ではない
お姫様が眠るようなベッド
綺麗なお洋服
この人は誰だろう
どうして
そんなに切なそうな顔をしているのだろう
「あ、起きた」
気が付けば、わたしの目の前には知らない人の顔。
わたしはいま目を開けた。
眠っていたみたいだった。
ベッドに寝かされていたようだった。
でも目の前には知らない人、知らない天井。
状況がさっぱり呑み込めなくてぱちぱちと瞬きを繰り返すことしかできない。
「ん?なに?起きたのかよ」
「うわ、ホントにだ。柳さんスゲエ」
少し離れた所からも声がして、もう一人現れた。
赤い髪の男の人だった。
変わらずわたしを見ている彼がわたしの名前を呼んだ。
こちらの彼は黒髪で癖毛。
どっちも知らない。
どうしてわたしの名前を知っているのだろう?
もしかして、あの人の知り合いかもしれない。
「あの、光くんのお知り合いですか?」
財前光。
わたしの婚約者。
といっても所謂政略結婚というもので、最近知り合った。
光くんのお家はとてもお金持ちでお家も広い。
こんな立派なお屋敷は近くにそうそうないし、多分ここは光くんのお家。
って思って、光くん関係の人かと思って聞いてみた。
でも二人して眉間に皺。
違ったのかな?
それにしても二人の表情の変わりようが少し怖かった。
「あの、すみません。わたしというものです。ここはどこでしょうか?」
「…お前」
「光ってもしかしなくても、財前光じゃ…」
「そうです!やっぱり光くんのお知り合いなんですね」
「なんで、お前…光くんだなんて仲良さそうなの」
なんだか会話に時差がある気がする。
光くんの知り合いじゃ、ないのかな?
「光くんはわたしの婚約者ですから」
ぽかんと口を開きっぱなしで呆然としている二人にわたしは首を傾げた。
さっきから何もわからないまま。
結局ここはどこで、この人たちは誰なんだろう?
癖毛の彼が何か言おうとしたとき、ドアが開く音がした。
「柳、さん」
せっかく何か言おうとしてくれたのにその口は一度閉じられてしまった。
さっきも聞いたその名前。
部屋の入口に立っている人がそうなのかな?
やっぱり、知らない人。
黒髪だけど今度はまっすぐでさらさらだった。
ずっと目を閉じている。
「赤也、丸井。もういい」
彼がそういうと二人はそれぞれ一度わたしを見て部屋を出て行ってしまった。
二人が居なくなると柳さんと呼ばれた人がこちらへ歩いてくる。
そのままベッドに腰をかけたと思うとわたしの頬にそっと彼の手が添えられた。
一瞬ぞわりとして思わずぱっと顔をそむけてしまった。
恐る恐る様子を伺うと目を閉じているから表情が解り辛いけど心なしか少し切なそうに見えた。
この表情は見覚えがある気がする。
ああ、さっきの夢と被ってるんだ。
「気分はどうだ?怪我をしたりしなかったか?」
柔らかい声色で話しかけられて、とっさに頷くことしか出来なかった。
「そうか」と少しだけ彼の口元が緩んだ。
なんだかその表情がやけに安心してしまう。
「あの」と口を開きかけた時、被さるように彼に遮られた。
「ここは吸血鬼の館だ。お前は俺の生贄としてここに連れてこられた」
「え?」
「勿論、財前の所に帰すつもりはない。あそこの家は俺たちにとって天敵でしかないからな」
一気に状況が呑み込めた。
昔からよく聞かされてきた吸血鬼の伝承。
この世界には吸血鬼というものが居て、彼らは主に異性の人間の血を好んで食している。
彼らに血を吸われた人間は場合によっては死に至ることもあって人間はそんな彼らを恐れている。
そんな吸血鬼から人間を守るために狩人という人が存在する。
それが光くんだ。
光くん以外にも狩人は居るけど。
そして目の前に居る彼が吸血鬼らしい。
きっとさっきの二人もそうなんだと思う。
光くんの名前を出して少し怖い顔になったのはそういうことだったのか。
わたしは吸血鬼に攫われてしまったみたいだ。
あまり実感は湧かないけれど。
「すまない。お前にとってこの選択が正しかったのかどうかはわからない…」
突然抱き寄せられた。
縋る様に。
まるで初対面ではないような、そんな態度。
ああ、なんだかもやもやすると思ったらそれは一瞬でわかった。
「それでもまたお前を連れてきてしまった俺をどうか許して欲しい」
此処の人たちはわたしを通して別の誰かを見ている。
「すまない、…」
ねえ?
あなたは、
誰に話しかけているの?
きっとそれは「わたし」じゃない。