「え、雨?傘…ない。どうしよう、まだ誰か残ってないかな」
部活が終わって、校舎がどんどん静かになっていく。
帰ろうとして忘れ物に気づいたわたしは友達と別れて教室まで戻った。
その間に雨が降ってきて、玄関で足止めされている。
もうほとんどの生徒が下校してしまっていて、周りを見ても知り合いは居なかった。
いっそのこと下校途中に雨が降ってきたらもう諦めがつくのに…。
濡れて帰ろうか、それとも雨が止むのを待つか。
外を見ながらそんなことを考えていた。
「」
名前を、呼ばれた。
聞きなれない、落ち着いた声。
振り返るとわたしの思考は一瞬止まった。
「や、柳先輩」
「まだ残っていたのか」
「はい、忘れ物を取りに行って…」
緊張する。
まるで先生と話しているような感覚。
まさか、この立海の有名人に声を掛けられるとは全然思っていなかった。
殆ど話したことはないし。
「傘、ないのか?」
「は、はい」
どうして学年が1つしか違わないのにこんなに大人っぽいんだろう。
昨日たまたま赤也くんと帰りが一緒になって、たまたま柳先輩も一緒で、そのまま3人で帰ったけど。
わたしは柳先輩が同じ方向だったっていうのに驚いたし、出身小学校も同じだったみたいで。
テニス部の人は名前と顔は一致してるけど、他の人より詳しくないし。
赤也くんは通ってたテニススクールが一緒で、小学校も一緒で…。
すごく仲がいいわけじゃないけど、ときどき話すくらいで。
柳先輩は会話らしい会話をしたのは昨日が初めてだし。
だから、何がいいたいのかというと。
そんなに話したことない人とこんな風に話すのはなんだか気まずい。
「そうか」
それだけ言って黙ってしまった柳先輩に、わたしはどうしていいかわからなかった。
なにか、話を振った方がいいのかな。
とか考えたけど柳先輩に何を話していいのかわからないし。
会話はないのに動こうとしない柳先輩に、ついにわたしは耐えきれなくなった。
「わ、わたしもう帰りますね!さようなら」
気まずさに、耐えきれなかった。
柳先輩はいい人だと思うけどこの大人びた雰囲気とか、なんだか落ち着かない。
濡れて帰るしかないとわたしが歩きだしたとき、腕を引かれた。
「待て、濡れて帰るつもりなら俺の傘に入っていけばいい」
お前がそれでよければの話だがな。
そう言われて全身がカッっと熱くなった。
手に汗が滲んでくるほどに。
「帰る方向が同じならそのほうがいいだろう。風邪をひくぞ」
そう言ってスタスタと歩き始めてしまう柳先輩。
傘を広げると、来ないのか?と聞かれてそのままついて行ってしまった。
なんで、わたし柳先輩と同じ傘に入ってるんだろう。
どうしちゃったんだろうわたし。
なんだか、逆らえなかった。
緊張する。
誘われるまま入っちゃったのに、入ったら入ったで恥ずかしくて逃げ出したくなる。
だって、だって。
初めてなんだもん。
(ど、どうしよう!柳先輩の足踏んじゃった…!)